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JANMへ行こう!! vol.54 - 無欲で高潔なリーダーを讃え設立「ミキ・タニムラ賞」


今月のガイド
テリー・タニムラ さん

日系四世。母親のミキさんから誘われて 1988 年にJANMボ ランティアとなり、現在は折り紙を子どもたちに教えたり、ディ ナー委員会メンバーとしても活動中



―JANMは、年に一度、素晴らしい活動をされたボランティアの方々を表彰します。さまざまな賞がある中で最も栄えあるのは「ミキ・タニムラ賞」です。この賞は、JANMの評議会委員だった故ミキ・タニムラさんの功績を讃えて設立されました。テリーさんはミキさんのお嬢さんです。お母様のこと、この賞が設立されたいきさつをお聞かせください。

タニムラ家。(前例左から)フランクさん(父親)、ミキさん(母親)。(後列左から)シェリーさん(妹)、ローリさん(姉)、カービーさん(弟)、テリーさん。フランクさんとミキさんは生前は、JANMのビジョンを分かち合ったりしたという。また、フランクさんはJANMを献身的に支援するミキさんをさまざまな面から応援した
母はJANMがオープンする前から評議会委員としてJANMを支援していました。また、ボランティア・リソース・コミティの初代会長として、プレジデント・ボランティア・カウンセル会のリーダーとしても活動しました。母はボランティアの基盤をしっかりさせる必要性を感じていて、ボランティアの質と能力の向上に重点をおきました。

母がJANMを支援した理由の一つが、母から日系の友人に宛てた手紙に書かれています。「歴史は卓越した人々の気概を試し、そして証明しました。そして私たちはこのことを後世に伝えるために記録を残す特別な立場にいます」。

JANMがオープンした年、母が望んだ「母の日のプレゼント」は、家族全員でJANMの一日ボランティアをすることでした!ビジネスで忙しい父も参加して家族全員が、できることをさせていただきました。

1992年7月4日、飛行機事故で突然、両親が亡くなりました。JANMの理事、ボランティア、スタッフのみなさんは、母の思いがけない死を悲しみました。みなさんは、母がどんなに素敵だったか、どれほど母に感謝しているかを私に話してくれました。私は母が慈悲深く思いやりがあり、聡明で独創的で先見の明があるリーダーだと常々感じていましたが、みなさんのお話をうかがい、みなさんも同じように感じていたことが分かりました。

事故から数ヶ月が経ったある日のこと、JANMから私たち家族に「著しい活躍をしたボランティアに授与する賞、ミキ・タニムラ賞を設けたい」とお話をいただきました。また私たちに選考委員会に加わり選考に携わってほしいとのことでした。一度に両親を失った私たち兄弟姉妹は、とてつもないストレスを抱えていたので、JANMからのご提案は思いがけないことでしたが、光栄でした。

母の名前がつけられた賞の設立は嬉しかったのですが、それだけでなく「ミキ・タニムラ賞」の選考基準に母の特性が反映されたことも嬉しかったです。例えば、“不朽の献身、並々ならぬ貢献、慈悲深さ、尊敬、無私無欲なリーダーシップ、人々に喜びを与えJANMの未来に先見の明がある”などの特性を持ち合わせたボランティアを選考すると基準にあります。


―「ミキ・タニムラ賞」設立の 経緯をうかがい、JANMとJA NMを支える方々との密な関係が 見えました。またミキさんが、大 戦前後の日系人への差別や偏見が 激しい時代を生きてこられたにも かかわらず、心が荒まず慈悲深く いつづけたということは、本当に 素晴らしいですし、尊敬します。

「ミキ・タニムラ賞」の受賞者たち。1992年に設立された同賞の受賞者は昨年で22人となった。受賞者のなかには、生前のミキさんを知っているボランティアもおり、同賞の受賞は感慨深いものがあるという。受賞者に贈られる記念の盾は、ボブ・ウラガミさんの手作りだ=2014年5月17日、JANMにて
母方の祖父はコミュニティリーダーだったので、1941年12月7日にFBIに逮捕されました。祖父が経営していた植木屋ではクリスマス用の花を大量に仕入れて販売していましたが、突然、祖父が連行されてしまい、残された祖母や家族は大きな試練に直面しました。またその頃、祖母は出産を間近かに控えていました。私は祖母がこの試練の時をどのように乗り切ったのか知りませんが、祖母はクリスマスの日に無事に5人目の子供を出産しました。

翌年になると日系人の強制収容が始まりましたが、祖父は拘束されたままだったので祖母と母たち5人の子供はカリフォルニア州マンザナの収容所に送られました。

「夫が同伴していない」という理由で、祖母は日系人の間でも差別されたそうです。さらに2年が経ち、テキサス州クリスタルシティの拘置所でやっと祖父と再会し、家族は一緒に暮らしました。これは母から聞いた話で、祖母からではありません。祖母はいつも優しくてスウィートで、文句を 言うような人ではありませんでした。母の人格は祖母によって形成されました。祖母と母は私にとって大切な人で、私がいつもお手本にしている人です。


―テリーさんご自身もJANMのボランティアですが、JANMへの思いをお聞かせください。

JANMが伝えているストーリーは大切です。それは日系人のストーリーですが、人間のストーリーでもあります。またJANMは日系アメリカ人の歴史を伝える 博物館ですが、同時に人間のストーリーを伝えている博物館でもあります。ですから、きっと来館 者の方はどなたでも、何かしら共感することがあり、学ぶことがあり、結びつくことがあるはずです。私はストーリーと歴史の双方を重んじています。それは、私が日本人の子孫だからとか、アメリカ人だからとかではありません。それは、私が “地球の市民” だからです。大概、分かりやすい真実のストーリーは、多くの “ためにな ること” をもたらすことができます。私たちが共通点(common ground)を発見するのは、私たちが私たち自身のストーリーを話すからなのです。

―私は日系人ではありませんが JANMの常設展『コモン・グラ ウンド - コミュニティの心』では 共通する体験などを発見しまし た。時代も国籍も関係ないですね。

写真・文・構成 Tomomi Kanemaru(日刊サン)


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入館料お支払いの際に「日刊サン掲載の『JANMへ行こう!!』を読んだ」と言うと、『ワシントンへの道 ~米国日系社会の先駆者 ダニエル・イノウエ議員の軌跡 ~』と『知られざる政治家 ラルフ・カーとニッポン人』の2つの日系移民史ドキュメンタリーが入ったDVDを特別プレゼント。昨年末に亡くなった大統領継承順位第3位のイノウエ議員のインタビュー入り。非売品なので貴重なDVD!
*入館料をお支払いの上、入館された方のみ対象。




JANM・ジャニム(全米日系人博物館)
Japanese American National Museum
日系アメリカ人の歴史と体験を伝えるアメリカ初の博物館。アメリカの人種と文化の多様性に対する理解と感謝の気持ちを高めることが目的。ボランティア・ガイドに支えられ、訪問者は展示にはない興味深い話を聞くことができる。

100 N. Central Ave. Los Angeles, CA
・213-625-0414
http://www.janm.org
開館:火・水/金・土・日 11:00 ~17:00
木 12:00 ~20:00
休み:月曜
料金(企画展も含む):一般9ドル、シニア&学生&子供5ドル、メンバー無料
*木曜17:00 ~20:00、毎月第3木曜は無料
交通:メトロ電車:ゴールドライン「Little Tokyo / Art District」下車。徒歩1分
駐車場:あり。博物館前、他多数(有料)

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