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コラム

苦楽歳時記
vol97 昼下がりのひととき

2014-05-22

 静岡の白形傳四郎(しらかたでんしろう)商店の、「玉露くき茶」をぬるめのお湯で味わった。舌の上でころがすようにして愛でると、ほのかな渋みとまろやかな甘みが蒡魄(ほうはく)されて、口の中は深い新緑につつまれる。

 いつも窓外の樹々を眺めているだけなのに、突としてベランダへ出てみたいという思いに導かれた。風薫る五月だというのに、戸外は、そよとの風も吹かずに太陽が照りつけていた。

 ベランダに佇むのも四年ぶりだ。悪疾に見舞われるまでは庭の手入れをくまなくこなしていたが、右半身麻痺になってからは、ベランダに出るのもおっくうになってしまっていた。

 青い空と鬱蒼と茂る樹木を眺めながら、僕は思い切り背伸びをした。盛夏のような初夏のような匂いにそそられて、とらえようのない気味合いが生じたのである。

 裏庭にはスターチスの花が豊かに咲いている。紫のスターチスの花言葉は、「しとやか」。可憐な花をしげしげと見つめているうちに、うららかなここちにいざなわれた。

 屋内に戻ってからは、古書店で手に入れたAbbie Huston Evansの『Collected Poems』を繙(ひもと)いてみた。二、三十分も閲読すると、老眼鏡をかけているのに文字がかすんで見えづらくなってきた。多分、抗癌剤の副作用のせいだろう。

 やむなくジャズを聴こうとしたが、あまつさえパソコンがフリーズしてしまった。

 「玉露くき茶」を再び熱いお湯をそそいで服した。青々とした香りと、さっぱりした味わいが五臓六腑にしみわたる。いつしかテレビを観ているうちに、うたた寝をしてしまったのである。

 目覚めるとやおら重い腰を上げて、今晩の総菜を作り始めた。家人の好きな筑前煮と娘の好物、高野豆腐と椎茸(しいたけ)の煮物をこしらえた。筑前煮には隠し味に、XO醤をいれるとほどよく味が引き立つ。

 今では慣れたものだが、左手だけで料理を作ると通常の三倍は時間がかかってしまう。僕は料理をするのが趣味であるからやめられない。気分を昂揚させるにはもってこいの手段である。もうすぐ、家人と娘が帰宅するころだ。

 夕餉(ゆうげ)のサプライズ。二人の破顔が早く見てみたい


※コラムの内容はコラムニストの個人の意見・主張です。
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新井雅之

文芸誌、新聞、同人雑誌などに、詩、エッセイ、文芸評論、書評を寄稿。末期癌、ストロークの後遺症で闘病生活。総合芸術誌『ARTISTIC』元編集長。




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