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コラム

編集部
NITTO TIRE 水谷友重社長 ロングインタビュー① アメリカについてよく知ることが大切

2013-09-19

倒産寸前から「Outstanding Leadership」賞受賞まで

 今月、ビジネスや市民活動において、強固な価値観を持ち人格も兼ね備える優れたリーダーに送られる「Outstanding Leadership」賞が、ジョン・キャンベル米国下院議員から11人のリーダーたちに授与された。受賞者の一人に、自動車業界を牽引し続けているNITTO TIREの水谷友重社長が選ばれた。
 恐竜をモチーフにした「Mud Grappler」など、ユニークなデザインのタイヤを次々と開発販売し、車好きのファンを熱狂させるNITTO TIRE。Facebookのファンは約5百万人。倒産寸前から経営を再建し、自動車業界を代表する企業へと発展を遂げたNITTO TIREの水谷社長に、これまでの軌跡、アメリカでの成功の秘訣、コミュニティー活動について聞いた。3日連続掲載の第1回目。

ジョン・キャンベル米国下院議員(中央)からの「Outstanding Leadership」賞授与式に出席した水谷友重NITTO TIRE社長(右端)と恭子夫人=9月5日、アーバイン市


アメリカ人は懐が深い


 ―NITTO TIREの広告はエンゼル・スタジアムをはじめ、ニューヨークのタイムズ・スクエアにもビルボードが出されていました。しかし、水谷社長が赴任された1992年、NITTO TIREは倒産寸前だったと聞きました。

 水谷社長:販売不振と在庫過多で大赤字、清算してブランドをなくそうという話で、お先真っ暗でした。そんな中、山田和夫さんという強い信念を持った方が、経営陣にかけ合い、なんとかチャンスを頂きました。
 1990年代半ば頃から、車好きをターゲットにした商品展開を機に、ターニングポイントを迎えました。アメリカの市場をよく調べてアメリカ人のために商品を作り、アメリカ人の喜ぶような広告を打つということをしました。すると、3年目には会社は黒字になりました。

 ―アメリカの市場調査は、どのように行ったのですか。

 水谷社長:当時は、誰も「NITTO TIRE」を知らないので、電話しても折り返しの電話もなく、アポが取れないので、アメリカ人の話を聞けない。「毎日電話を待っているのはムダだから、50州にあるタイヤ販売店に行こう」と、押し掛けました。
 半分は断られましたが、半分の方が、わざわざ日本から、ロサンゼルスから来たのかとお会いしてくださいました。下手な英語で話す私に、こういうタイヤを作ったらいいんじゃないかと話してくださった。
 「アメリカ人というのは、ものすごく懐が深い」と思いました。アメリカにいてアメリカについてよく知ることは、日本から来た人間にとって必須だと思いました。
 今、私が20年前にしたことをするのは、状況が全く違います。20年前は携帯電話も料金が高くてGPSもありませんでしたから大変でした。
 空港で地図を買いイエローページを見ながら販売店に一つ一つ印を付けました。空港にいた人に危ない地域を聞いて、そこは昼間に回り、安全な地域は夕方から回るというルーティンを繰り返しました。車を盗まれそうになったり、空き缶を投げられたり、危ない目にも何度もあいました。
 昔の日系アメリカ人(以下、日系人)の方達は、どんなに大変だったであろうか想像さえできません。言葉もルールも環境も全然違う異文化の中で生きていくのはすごく大変で、どんなに辛かったかとても計り知れません。


アメリカで仕事するなら日系移民史を知る


 ―NITTO TIREは、日系人の移民史を題材に、ドキュメンタリーをこれまでに3本プロデュースしたり、本紙でも、「JANMへ行こう!!」の特集記事を企画連載しています。
 日刊サン読者から、「タイヤ会社のNITTO TIREが、なぜ、日系移民史の記事や映像に携わっているのか」と質問がありました。

 水谷社長:日系人の方たちがアメリカに移民された当時は、日系人への偏見もありました。法律で日本人に排斥法ができたり、日本人の土地保有が禁止されたり。JANMで展示されていますが、“逆境”から日系人と日本がよくぞここまでアメリカに受け入れらるようになったと強く感動しました。この歴史を忘れてアメリカに来るというのは、非常に大きなものが欠けていると思います。移民史を学ぶ程、日系人の方々への感謝や尊敬の気持ちも湧き起こり、「自分も頑張ろう」というやる気やアメリカと日系の方々との絆を感じます。
 これが、ドキュメンタリーを一生懸命作っている動機です。

 第2回目は、9月20日付けに続く。

キャンベル米国下院議員から授与された「Outstanding Leadership」賞の賞状

【水谷友重氏プロフィル】 
‘84年3月 神戸大学経営学部卒業
‘84年4月 日商岩井(株)入社
       主に鉱山用タイヤ輸出業務で
       世界40ヶ国に出張
‘92年6月 米国赴任
‘00年2月 東洋ゴム工業(株)入社
‘05年7月 Nitto Tire U.S.A.Inc.社長就任
‘11年4月 東洋ゴム工業(株)執行役員就任
‘13年10月 Toyo Tire Holdings of
     Americas Inc.社長就任予定

=Tomomi Kanemaru


※コラムの内容はコラムニストの個人の意見・主張です。
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