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コラム

苦楽歳時記
vol96 NYのチャイナタウン

2014-05-15

 ニューヨークのチャイナタウンは、生気に満ちあふれている。街を行き交う種々雑多な人種の波が、グォー グォー と派手やかな音を立てながら、鵜の目鷹の目で移行していく。

 僕の眼には、ただ群集の精悍(せいかん)さだけが映って圧倒されるだけだ。だが、チャイナタウン独特の大気の匂いの中で、親切な中国系の人々の人情にふれてほっとしたりする。 

 新鮮な魚介類と野菜、そして果物がうずたかく積み上げられた店の前では、衣類を売りさばく露天がたち並び、極彩色の看板を掲げたおびただしい数の酒家のうねりを見渡しながら、僕はいつしか、唐の四代詩人(李、杜、韓、白)が酒食の快楽を吟じていたころにいざなわれていった。 

 サンフランシスコでも、ここニューヨークのチャイナタウンにおいても、意気軒昂に赴いて困ることが一つある。数多とある飲食店と屋台の中から、目移りする気持ちを抑えて、期待を裏切らない一軒を選び抜くことである。

 しかし、この度だけはいつもと少し様子が違っていた。66 Bayard St.にある上海料理店『Nice Green Bo』の前を通りかかったさいに、目白押しの盛況ぶりに魅せられてしまったので、後でここに入ることを決めておいた。

 夕刻になって三十分ほど待たされたが、その間にくまなくメニューを吟味した。店内は清潔で、しかもリーズナブル。「ニューヨーク・タイムス」を始め「ボイス・ザ・ビレッジ」、「デイリーニュース」、「世界日報」がこぞって絶賛している記事が、入り口の壁に貼り付けられている。

 如才無い若いウェイターに相談に乗ってもらって、「蟹粉小龍抱」と「渡り蟹としょうがとわけぎの炒め物」をオーダーした。味の方は今まで食した中華料理の内でもトップクラス。艶やかで、芳ばしく、奥ゆかしい風味とコクは、声が出なくなるほどに至福にさせてくれる。誓って誇張などしているのではない。

 それからもう一つ感心させられたことは、これだけ忙しく流行っているにもかかわらず、キャッシャーの前に立つ五十がらみのオーナーらしき女性を始め、スタッフ全員が謙譲な物腰で客と接している。

 お陰でニューヨーク滞在中は、ミッドタウン・ウェストにあるホテルから、チャイナタウンまで通う日課が続いたのである。


※コラムの内容はコラムニストの個人の意見・主張です。
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新井雅之

文芸誌、新聞、同人雑誌などに、詩、エッセイ、文芸評論、書評を寄稿。末期癌、ストロークの後遺症で闘病生活。総合芸術誌『ARTISTIC』元編集長。




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