マイ・ワード・マイ・ヴォイス
vol.76 嘘(1)
2026-10-04
2000年代にFOXで放送された『キング・オブ・ザ・ヒル』は、テキサス州のアーレンという架空の町に住む中年男ハンク・ヒルとその家族の日常を描いたアニメです。とても印象に残った「ボビー・スラム」というエピソードがありました。
ハンクの息子・ボビーはずんぐりとした体型の13歳の男の子。隣に住むラオス人一家の一人娘・コニーと同じ学校に通い、2人は親友です。ある日、ボビーが学校のレスリング部に入部します。運動音痴な息子が「男らしいスポーツ」を始めた、とハンクは大喜び。同じ頃、ハンクの妻・ペギーはボビーの学校の女子バスケ部のコーチ役を頼まれます。子供の頃「女だから」と好きなベースボールをやらせてもらえなかった彼女は、女子の活躍を後押しできると張り切りますが、待っていたのは男子の部活が体育館を占領し、女子バスケ部には新しいボールを買う費用さえ与えられない、という男女差別の現実。
激怒したペギーは校長に直訴し、女子バスケ部にいたコニーをレスリング部に入部させる許可を取り付けることに成功。でもこの成功の裏には、コニーの両親による画策があったのでした。自分たちの娘がレスリング部に入れば「男女の壁を打破した勇敢な女子学生」として、将来のバーバード大学受験に有利に働くと見込み、校長に「うちの娘を入部させなければ男女差別で学校を訴えるぞ!」と脅迫していたのです。
一方、テキサスのマッチョ男であるレスリング部のコーチは女子の入部が気に入りません。部の代表チームへの選抜試合を行い、一番弱かった部員一人を退部させることにします。そしてコニーの対戦相手にボビーを選んだのです。練習もせずにゲータレードばかり飲んでるボビーに勝ち目はありません。ペギーは困ります。コニーの活躍で「男女平等」を実現したい反面、それが実現すれば息子のボビーが退部するはめに。ハンクは「男女平等はいいが、息子が外されるのは困る」と不満顔。コニーの両親は娘のハーバード大入学を夢見て浮かれ顔。ボビーは、南部の田舎町でコニーに勝てば「男のくせに女に勝ってチームに残った奴」、負ければ「男のくせに女に負けた奴」と呼ばれるというジレンマに直面します。(続く)
※コラムの内容はコラムニストの個人の意見・主張です。

哲学者。早稲田大学卒業後、サラリーマン生活を経て渡米。ニュースクール(The New School for Social Research)にて哲学博士号を取得した後、ニューヨーク市立大学(CUNY)をはじめ、ニューヨーク州・ニュージャージー州の複数の大学で哲学科非常勤講師を兼任。専門はアメリカンプラグマティズム、ジョン・デューイの哲学。現在は東京にて論文執筆、ウェブ連載、翻訳に従事。ウェブでは広く文化事象について分析を展開。








