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コラム

編集部
特別インタビュー アシュラムセンター主幹牧師・榎本恵氏 前編

2014-02-28

人の中にある「内なる力」が目覚めたとき
本人自身が立ち上がり、見えるようになる


 小説家でエッセイストの三浦綾子さんが書いた『ちいろば先生物語』には、キリスト教の牧師、榎本保郎さんの生涯が書かれている。1977年7月27日、「ちいろば先生」という呼び名で世界中の人々から親しまれた榎本さんはブラジルへ行く途中の機内で吐血し、ロサンゼルスで息をひきとった。あれから36年、2013年7月27日、「ちいろば先生」の息子、榎本恵(めぐみ)牧師は亡くなった父と同じ52才になり、ロサンゼルスの地にいた。父が36年前にするはずだった北米での「アシュラム運動」が、導かれるように息子によって再開される。 =Tomomi Kanemaru



 37年ぶりに父の直筆の手紙が見つかったんです。
 「(中略)7月20日にブラジルまで。そして25日から第11回開き、8月3日に会合、したがって8月7日のLAホーリネスの礼拝はご奉仕させていただきますが、7月31日のセンテナリーの礼拝は不可能です」。今回の渡米にあわせて見つかったんじゃないかと思いました。
 父は、36年前の8月にロサンゼルス・ホーリネス教会で礼拝をする予定でした。父を受け入れてくれた先生がホーリネス教会の牧師、辻本清臣先生でした。加えて不思議なことに、父が療養していたロサンゼルスの病院に日系アメリカ人の方が勤めていて、その方がなんとホーリネス教会の会員だったんです。
 父の手紙によると、父は「アシュラム」をしようと思ってプログラムを作り、ロサンゼルスに来たんです。亡くなったのでこのプログラムは全部できなかった。僕は今、父が亡くなった 52 歳になりました。だから是非ロサンゼルスに来たいなと。そして、僕が父の命日の翌日、7月28日にウェストロサンゼルス・ホーリネス教会でご奉仕できることになったのは、非常に奇遇です。
 36年前、ロサンゼルスの日系アメリカ人の方たちにすごくお世話になりました。36年して僕が今父と同じ職業をしながら、この自分たちが神様から使命として遣わされていることを、もう一度アメリカの人たちとも共有できたらいいなと思います。こういう機会が与えられているのはすごく不思議な感じで、僕はそのことを本当にロサンゼルスの日系人の方たちに心から感謝したいです。

イエスが伝えたかった世界

 僕は同志社神学部を卒業しましたが牧師にならずに、障害者の施設で働き出していろいろな挫折をしました。そのなかで一燈園の石川洋先生に出会い「今からは食べるために働かず、働くために食べなさい」と言われました。そして阿波根昌鴻(あはごん しょうこう)さんに出会いました。
 阿波根さんは、沖縄で自分の農地を米軍に接収され非暴力の抵抗運動をしてる人で沖縄のガンジーと呼ばれています。「アメリカも私たちと一緒に幸せにならないといけない。本当の幸せにならないといけない。そのためにはあなたたちには愛する家族がアメリカで待ってるのだから、沖縄で戦争のために働くのではなく帰りなさい」って。
 僕は戦闘的で、デモとかしたりしないとだめだと思っていました。阿波根さんはひたすら畑を耕す人だった。最初は何なんだろうって思ったんだけれど、じつはそのことがものすごい力になる。
 それまで僕はキリスト教に対して否定的でした。阿波根さんはクリスチャンで、イエス・キリストもだけれど、足が悪くて座ってる人の手を引いて立ち上がらせたりとかではなくて、その人に「立ち上がりなさい」と言うんですよ。その人の持ってる力を目覚めさせていくというか。
 諦めていたり「そんなことはできないだろう」って思っていた人の中にある「内なる力」というものを目覚めさせたとき、本人自身が立ち上がっていく、本人自身が見えるようになっていくという世界をイエス は実現した。そうして立ち上がったとき、本当に「キリストの平和」というものがあるなと思いましたね。
 キリストは「私はあなた方に平和を残す」と約束しています。「それは世が与えるように与えるのではない」。僕は今まで世が与えるような平和を自分で作ろうとしたけれど、神が、キリストが約束されたその「平和」があるということを確信して待ち続けていくことをしようと思いました。
 それが僕にとっては「アシュラム」なのです。やっていることはすごく静かな消極的なものとしか見えないんですけれども、そこの中に沸き上がってくる力みたいなのがあると思ってる。そういうキリスト者になりたいと思って「アシュラム」をやっています。

誰が諦めても母は諦めなかった

 僕が30代後半のとき、母が乳がんの手術したんですよ。そのときに僕は立ち会って、母は意識朦朧としてたのでわからなかったと思うけど、今までを懺悔して謝って、牧師の試験を受けました。
 いろいろな教会の人が「あれはもう無理だ」と諦めたなかでも諦めなかった人が一人いた、それが母親だった。すごいと思いますよ。もう自分の主義主張とか吹っ飛んでしまったというか、「もういいよ、牧師になる、何言ってもなります」みたいな感じで、母に応えていきたいなあと思ったの、それは正直ですよ。乳がんの手術は、母にとっても一つの大きい転機だったと思いますが、そのときに本当に心から「すみませんでした」と言うことができたから良かったなと。お母さんという人は素敵な人だなって。   (後編につづく)


36年前に「ちいろば先生」こと榎本先生が書いた手紙の一部。「18日-20 L.Aアシュラム」と書かれている



【榎本 恵プロフィル】
 同志社大学神学部卒、1989年沖縄県に移住。反戦平和資料館「財団法人わびあいの里」理事、日本キリスト教団よきサマリア人伝道所担任教師、田崎病院精神科デイナイトケアー職員兼任を歴任。2007年に宗教法人アシュラムセンター主幹牧師に就任。


【クリスチャン・アシュラム】
 アメリカ メソジスト教会の宣教師Eスタンレー・ジョーンズ博士によって始められたキリスト教超教派の退修会(リトリート)。インドをはじめ世界中に広がり、日本にも1955年に紹介されて以来、日本クリスチャンアシュラム連盟と榎本恵牧師が率いるアシュラムセンターとによって現在も続けられている霊性運動である。


※コラムの内容はコラムニストの個人の意見・主張です。
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