キム・ホンソンの三味一体
vol.250 嵐の真っ只中の平和
2026-08-16
聖書にはイエスが起こした数々の奇跡について書かれています。病を癒したり、水をぶどう酒に変えたり、5つのパンと2匹の魚で五千人以上の人々を満腹にしたりと色々ありますが、その中でも目を引くのは、まるで映画に出てくるスーパーヒーローのように水の上を歩いた奇跡ではないでしょうか。その奇跡の背景はこうです。
五つのパンと2匹の魚で大群衆を満腹にする奇跡を起こしたイエスは、弟子たちに船でガリラヤ湖の向こう岸へと先に渡るようにと命じた後、自分は一人で祈るため山に登ります。すでに日が沈んだ後だったにもかかわらず、イエスの奇跡を目の当たりにした弟子たちは意気揚々と船を漕ぎ出して向こう岸を目指します。しかし、途中でひどい暴風に見舞われてしまうのです。目の前で起こっている強い逆風が、いつ止むのかが分からない、いつまで苦しみが続くのか分からない中、漕ぎ続けなければならないのは、非常に恐ろしいことです。次第に不安と恐怖が募り始め、夜明け頃にはパニック状況にまで陥っていくのでした。イエスの奇跡を見て「もうこの世で恐いものなどない。主イエスについて行きさえすれば良いのだ。」との弟子たちの胸の踊りは、もはや「なぜ自分たちをこんな危険な目にあわせたのか」とのイエスへの恨みへと変わってしまいました。その時、イエスは、そのような恐れ慄く弟子たちの元へと暴風の中を水の上を歩いて行くのです。そして、そのイエスを見た弟子たちは「幽霊」だと恐怖のあまり叫び声をあげたとあります。
最終的にイエスによって暴風が鎮まり、弟子たち全員が救われるのですが、この物語には大変力強い象徴が含まれています。それは、意気揚々としていた弟子たちが暴風に見舞われたように、キリスト信仰を持っているとしても試練や苦難、事故や病などの人生の暴風を避けることはできないということです。しかし、一つだけ大きな違いはあります。それは、自分の命を犠牲にするほどに私たちを愛してやまないキリストが、苦しみの中の私たちを放っておくはずがないと信じる時、暴風に沈みそうな船の中であっても心には平和が満たされ得るということです。恐れと不安の中に苦しむ自分を見つけ、嵐のただ中を荒れ狂う水面を越えて自分のもとに来てくれるキリストを信じる時、外では嵐が猛威を振るい、問題は解決されぬまま波が激しく打ち寄せている中にあっても、心の中は何ものにも揺るがない平和で満たされることが可能です。
災害、戦争、経済などなど、私たちは今、世界規模の予測不可能な嵐の只中に置かれているような気がします。しかし、この嵐の中にあっても、嵐が止むのを待たずにして心に平和を抱くことができるのです。
※コラムの内容はコラムニストの個人の意見・主張です。

牧師、コラムニスト、元ソーシャルワーカー、日本人の奥さんと3人の子供達に励まされ頑張る父親。韓国ソウル生まれ。中学2年生の時に宣教師であった両親と共に来日。関西学院大学神学部卒業後、兵役のため帰国。その後、ケンタッキー州立大学の大学院に留学し、1999年からロサンゼルスのリトル東京サービスセンターでソーシャルワーカーとして働く。現在、性的マイノリティーをはじめすべての違いを持つ人々のための教会、CTK (Christ the King Lutheran Church)で牧会中。








