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コラム

ピアノの道
vol.182 タイミングの魔法

2026-08-02

音楽とは何か―自問自答の堂々巡りに身を委ねていると、時々突破口が啓示されることがあります。今回の突破口は哲学者・宮野真生子と医療人類学者・磯野真穂の往復書簡『急に具合が悪くなる』(晶文社、2019年)。先日カンヌ国際映画祭で主演女優賞を獲得した濱口竜介監督の映画の原作です。読み始めたら引き込まれ、思わず一気に完読しました。

往復書簡は磯野から学会登壇の誘いを受けた宮野が「乳がんの多発転移で急に具合が悪くなる可能性があるがよいか」と打ち明けたことをきっかけに始まります。偶然・出会い・恋愛などを研究テーマにした哲学者の宮野と、摂食障害や終末ケアをテーマにする医療人類学者の磯野。二人とも40歳ちょっとの学者が、宮野が死に至るまでの3か月間に交わした書簡です。人生の不確定性と死の必然性、医療スタッフの人間性や代替医療や妖術の意義、健常者と末期患者の人間関係、出会いを縁に→縁を運命に昇華する時間の厚みなどが、時には学術的に、時には個人的に綴られています。文字通り命がけの真剣勝負です。

読み終えて本を置いたとき、世界がいつもより光り輝いて見えました。この本が出版されたこと、そして映画化でこれから世界に知られることに感謝しました。自分が同世代の人間、日本人女性、そして物書きとして同じくあがいていることが誇らしく思えました。何年も連絡を取っていない友人を何人も思い出し、切実に話しがしたいと思いました。

そしてこの本は「音楽とは何か」という私の永遠の問いに対する新しい糸口を啓示してもくれました。一番最後の手紙で死にゆく宮野は、偶然を必然に→必然を運命に変える一つのフォースとして精神医学者の木村敏を引用して「出来事としての時間」、すなわち単なるタイムを超越した『タイミング』と言います。わたしは音楽というのはタイムをタイミングに変える魔法ではないか、と思ったのです。

音楽万歳!文学万歳!


※コラムの内容はコラムニストの個人の意見・主張です。
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平田真希子 D.M.A. (Doctor of Musical Arts)

日本生まれ。香港育ち。ピアノで遊び始めたのは2歳半。日本語と広東語と英語のちゃんぽんでしゃべり始めた娘を「音楽は世界の共通語」と母が励まし、3歳でレッスン開始。13歳で渡米しジュリアード音楽院プレカレッジに入学。18歳で国際的な演奏活動を展開。世界の架け橋としての音楽人生が目標。2017年以降米日財団のリーダーシッププログラムのフェロー。脳神経科学者との共同研究で音楽の治癒効果をデータ化。音楽による気候運動を提唱。Stanford大学の国際・異文化教育(SPICE)講師。静岡大学ピアノとウェルビーング研究所メンバー。

詳しくはHPにて:Musicalmakiko.com




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