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コラム

マイ・ワード・マイ・ヴォイス
vol.72 灰色の鳥(7)

2026-06-07

話をまとめてみましょう。全く逆の意味をもつ「生きる」と「死ぬ」が同じであるとはどういう意味でしょうか。人は生まれた瞬間から死に向かっているという意味で「生きることは死ぬことだ」というのであれば、当たり前のことを反復しただけです。他にどのような意味があるか? プラトンは「究極の人生とは哲学の探求である。哲学の探求とは肉体を離れて真理をつかむことである。死とは肉体から魂が解放されることである。ゆえに、生きる(哲学する)ことは死を準備することである」と考えました。でも問題が発生します。肉体が存在するこの世界と真理が存在する別の世界を想定すると、矛盾が生じます。「青のイデア」は青い色をしているのか? しているとも言えるし、していないとも言える。どちらも正しくて、どちらも間違っている。森鴎外の小説の主人公は「ここではないどこかに正解がある。でもそれが分からない」と悩んでいました。手元にあるのは灰色の鳥だけ、どこかに青い鳥がいるに違いない。どこかは分からない。でも決してここではない。

2人に共通するのは、「~ではない」という強い思いです。普段私たちは、例えばAとBというモノがまずあって、そのAとBの違いを認めて初めて、AはB「ではない」と言える、と考えています。リンゴはミカンではないし、空は海ではありません。でもプラトンと鴎外から導き出せる考えは、まず「~ではない」という考え方、例えていうなら透明な「Φ」のような形をしたクッキーカッターのようなものが私たちの考え方に埋め込まれていて、それで世界に対してグッと押し付ける。その結果、「Φ」の左右が分かれて見える。だから「AはBではない」という現実が生まれる、というもの。

そんなことあるわけないでしょう、と思う方もいるでしょうか。確かに一見、荒唐無稽な考え方に思えます。でも、そうでしょうか。仮に、この世のすべてが「まずモノがあって、それから『~ではない』という考えが生まれる」としましょう。それならば「ではない」と認識できるものはすべて別々のもので、AがBになったりBがAになったりすることはない、ということになります。本当にそうでしょうか。(続く)


※コラムの内容はコラムニストの個人の意見・主張です。
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葛生賢治

哲学者。早稲田大学卒業後、サラリーマン生活を経て渡米。ニュースクール(The New School for Social Research)にて哲学博士号を取得した後、ニューヨーク市立大学(CUNY)をはじめ、ニューヨーク州・ニュージャージー州の複数の大学で哲学科非常勤講師を兼任。専門はアメリカンプラグマティズム、ジョン・デューイの哲学。現在は東京にて論文執筆、ウェブ連載、翻訳に従事。ウェブでは広く文化事象について分析を展開。




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