〇〇良い人悪い人
vol.10 香りを嗅ぐ人 良い人悪い人
2025-12-21
SNSが世界を飛び回る。若い時はTVや新聞からの情報をありがたく拝受し、生活あるいは人生の道標と信じていた気がする。今やそれらは”オールドメデイア”と名付けられてしまった。そして、本もEブックなるものも登場して随分経つ。今となっては、SNSは私も日々頼りにしてはいるが、耳と目から入る情報はなんだか刹那的な気がする。

吊り革につかまり、右手の指を巧みに形作って文庫本を挟んで読む。本から漂う紙の香りは、教科書のものとは異なる気がした。今でも本を開くと漂うあの香りは、本のニオイで充満した図書館で、放課後一緒におしゃべりした司書の先生のお顔を炙り出す。お茶を沢山飲む実家だったので、しょっちゅうお茶屋にお遣いに行った。角を曲がるともう漂ってくるお茶を煎る香り。嗅ぎながら店に向かう。「お番茶400グラム下さい。」忘れないように復唱しながら通っているうちに、歌詞のように頭にこびりついた。茶箱に落ちてくる茶葉を掬って長細い紙袋に詰め、最後に”しおり”で口を結ぶ。煎っているお茶の香りの中でそれを眺めるのが好きだった。まだ少し温かいお茶の袋を抱えて家に向かった。
想い出は香りと共に蘇る。歯医者の待合室の匂いは思い出すだけで、歯の奥が痛くなる。消毒液の匂いの中で並んだ予防接種の列。「痛かった?」訊いても仕方ないのに、いちいち同級生に聞いていた。お正月の匂いもある。父と正月の門松を買いに出掛けた時の松の香り。物置をそっと開けると天井からぶら下がる塩シャケの生臭い匂い。昭和の思い出は全部香りかもしれない。
令和の正月の香りはなんでしょう?冷凍されたお節は解凍するまで香りはないだろう。プラスチックのツリーは合成樹脂のかおり?でも、キッチンからはお母さんが作る煮物の匂いは漂ってくるのでしょう。
炊飯器の蓋を開ける時の香りが好きだと言った母はとうに鬼籍。
※コラムの内容はコラムニストの個人の意見・主張です。

小椋かよこ「ロジカルで数学的な中国占術を愛する占術家。正義と懐疑が信条。明治時代の裁判官を曽祖父に。台湾道士に私淑。YouTube再開中。」開運本「そんなに早くいかなくても…マリリン」Amazon Japan、楽天ブックスで販売。








