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コラム

マイ・ワード・マイ・ヴォイス
vol.66 灰色の鳥(1)

2025-11-30

先日、YouTubeで興味深い動画を見ました。日本人の女性が独白をするだけの動画で、自分がかつて鬱から希死念慮にとらわれ、もがき苦しみながらもなんとかやりすごし、最悪の事態を回避して現在にいたるまでを赤裸々に語る内容でした。自分と同じように苦しんでいる人に思いとどまって欲しいとの願いを込めて、2時間以上にわたり自分の心に去来したもの、意識の変化から現在の考え方まで、画面の向こうで自分を見ているであろう人に対して深く、静かに語りかける内容でした。

その中で特筆すべき点が2つありました。1つ目は、最悪の事態に向かって気持ちが落ちている人にとっては「あなたの人生には価値がある、だから思いとどまって」といったメッセージは意味がない、ということ。彼女自身、そうした動画を過去に投稿してみたものの、「死ぬべきではない」にどれだけ客観的な根拠を示したところで「死にたい」という気持ちには何も響かないと分かり、削除したそうです。確かに、「~したい」という気持ちに対して「~すべきでない」という言葉は、たとえそれが真実であったとしても、何の効果も生みません。

では、「~したい」にはどうすればいいか。これが2つ目。彼女は「死にたい」という気持ちに蓋をし、抑圧し、そもそも存在しないものとして、自分はそんな気持ちになるような人間ではない、と必死に自分に言い聞かせていたそうです。その抑圧の連続がかえって望ましくない形の反動として現れてしまった。だから「死にたい」という気持ちを悪いことと捉えないようになった。世間では一般に「生きたい」と思うのは良いこと、「死にたい」と思うのは悪いこととされるけれど、本当にそうなのか、そんなはずはないと考えるに至った。「死にたい」と思う気持ち自体は悪くない。逆に、「生きたい」と「死にたい」は同じ価値を持つものではないか。言い換えれば「どう生きるか」と「どう死ぬか」は同じ価値を持つのではないか、と。

大変に深い洞察です。よく考えてみれば当たり前なのですが、私たちは生まれた瞬間から「まだ死んでいない」状態にあるわけで、「どう生きるか」と「どう死ぬか」は同じことを意味しています。(続く)


※コラムの内容はコラムニストの個人の意見・主張です。
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葛生賢治

哲学者。早稲田大学卒業後、サラリーマン生活を経て渡米。ニュースクール(The New School for Social Research)にて哲学博士号を取得した後、ニューヨーク市立大学(CUNY)をはじめ、ニューヨーク州・ニュージャージー州の複数の大学で哲学科非常勤講師を兼任。専門はアメリカンプラグマティズム、ジョン・デューイの哲学。現在は東京にて論文執筆、ウェブ連載、翻訳に従事。ウェブでは広く文化事象について分析を展開。




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