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コラム

マイ・ワード・マイ・ヴォイス
vol.62 未だ来たらず(5)

2025-08-03

『~フォリ・ア・ドゥ』と『パストライブス』に見られる2つの未来観の違いをまとめてみましょう。前者における未来とは完全なる未知のもの、現在を破壊した後に訪れる「見たことも聞いたこともないもの」でした。現在と未来は断絶していて、断絶の向こう側に新たなものを見たいと思う欲望により、現在の投影にすぎないものを「未来」と読み間違える危険性を孕んでいる。それを暴いたのが『~フォリ・ア・ドゥ』でした。

『パストライブス』の未来観には、現在と未来のあいだに断絶は存在しません。現世は常に前世とイニョンでつながっていて、それはさらに来世へとつながっている。前世、現世、来世が全てつながっているならば、私たちの人間関係はいつの世も同じもので、本当の意味の「未来」は存在しないのでしょうか?そんなことはありません。イニョンは過去、現在、未来を貫く存在ですが、そのイニョンが何を意味するのかは常に遡及的に、すなわち後から遡って再解釈され、アップデートされる可能性を含んでいるのです。つまり、イニョンには常に「未知」の部分、「未だ知ることがない」部分が含まれています。それが「未来」です。例えばノラとヘソンが前世では仲の良い幼馴染にすぎず、現世で初めて恋人になったとすれば、2人のイニョンは「結局は結ばれることになる因縁」だった、となり、現世で結ばれなければ、「親しいながらも結局は結ばれない因縁」だった、となります。それを決めるのは現世であり、同時に、それは来世においてアップデートされる運命にあります。

現世に限ってみても、社会的に決定された私たちの人間関係は、常に遡及的に意味を再解釈される可能性を含んでいます。兄弟の関係に「友情」を見出すことも、婚姻関係に「主従関係」を見出すことも、敵対関係に「ライバルとしての共感」を見出すことも可能な私たちは、お互いの関係を常に再定義し続ける運命、因縁(イニョン)のもとに生きています。だとすれば、私たちが世界の中でどのようにつながっているのか、その関係において自分は何をしているのかを省みる時にこそ「未来」が存在するのです。この「未来」から、人間の本質が見えてきます。(続く)


※コラムの内容はコラムニストの個人の意見・主張です。
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葛生賢治

哲学者。早稲田大学卒業後、サラリーマン生活を経て渡米。ニュースクール(The New School for Social Research)にて哲学博士号を取得した後、ニューヨーク市立大学(CUNY)をはじめ、ニューヨーク州・ニュージャージー州の複数の大学で哲学科非常勤講師を兼任。専門はアメリカンプラグマティズム、ジョン・デューイの哲学。現在は東京にて論文執筆、ウェブ連載、翻訳に従事。ウェブでは広く文化事象について分析を展開。




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