ピアノの道
vol.152 The Calm Person in the Boat
2025-05-02
ベトナム戦争中、紛争や圧政を逃れようと海に乗り出した「ボート・ピープル」—彼らは漁船や小舟などにぎゅう詰めに乗り込んで新天地を求めて漕ぎ出しました。でも悪天候や荒波に人々は動揺し、それがボートの危険性を更に増したそうです。そんな時「Be the calm person in the boat」—ベトナム出身の禅僧・平和活動家のティク・ナット・ハンの教えです。「もしボートに一人でも落ち着きと自制を保てる人がいれば、この人の表情と声音が皆に冷静と信頼をもたらし、船の安全に繋がる。そういう人は沢山の命を救うことができる。」
我々の社会は大海の中の小舟の様な物—そして音楽家の役割はこのお話しにあるような皆に安心をもたらす人になることではないか…DCで演奏した先週、そう思いました。DCの労働力の43.3%(2024年11月の統計)が連邦政府に勤める街です。DOGEによる解雇で志半ばで無職になった若者。新政権発足から100日も経たずして、すでに閉店した飲食店の話しも耳にしました。そんな中音楽家の社会に於ける役割とは理想と人道を追求することで楽観を見出すことではないか。「敵国だった日本に生まれた私が、80年後の今アメリカで皆さんと一緒に音楽を楽しめるのだから、未来にも希望を感じてよいと思うのです。」そう演奏会でお話ししたら、涙をにじませた男性と目が合いました。
「困難には卓越した尊厳と規律をもって立ち向かおう。物理的な破壊力には精神力の威厳をもって何度も何度も乗り越えなければいけない。(We must forever conduct our struggle on the high plane of dignity and discipline… Again and again we must rise to the majestic heights of meeting physical force with soul force.)」国立アフリカ系アメリカ人歴史文化博物館で、キング牧師の言葉が胸に沁みました。そして貧困家庭対象の学童保育で演奏した際、私にもピアノにもハグした子供たちにはキング牧師のいう精神力の威厳があると思ったのです。
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※コラムの内容はコラムニストの個人の意見・主張です。

