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コラム

マイ・ワード・マイ・ヴォイス
vol.49 亀裂(5)

2024-07-05

 ピタゴラスイッチ的に連鎖する出来事について語る「物理世界の言葉」と、心の中に立ち現れることについて語る「意識の言葉」との間の根源的な亀裂。この亀裂を前に、私たちは前者をオフィシャルな言葉、後者を二次的な言葉として切り離すべきでしょうか。レモンを齧った時に「酸っぱい」と言うのは正しくない言い方で、正式には「脳のABA神経が反応した」のように言う、と考えるべきなのでしょうか。

 どちらか一方の言葉を他方にすべて翻訳することができれば、オフィシャルな言葉がひとつあればいい、ということになります。でもそれは不可能です。仮に、私の脳内で起きていること全てを「ABA神経が反応した」のような「物理世界の言葉」に翻訳したとします。目の前にあるコップが倒れて水が机にこぼれた、と言うのと同様に「レモンを齧ったら脳内のABA神経が反応した」と言う。目の前のコップも水も、私の脳内の作用も、さらには隣にいるAさんの脳内の作用も、すべて同じ物理空間にある現象として、一種類の言葉で語ることができる、と思うかもしれません。でも、それを語る「私」はどこにいるのでしょうか?

 世界全体をひとつの物理世界として一種類の言葉で語る、と考えるとき、その語る主体は物理世界の外にいます。そうでなければ語ることは不可能だから。そして、それを語る主体の心の現象も「ABA神経が反応した」というように語れる、または語るべきだ、と考えるなら、今度はそれを語る別の主体を物理世界の外に想定しなければならない。これは無限に続きます。すなわち、世界全体を一種類の言葉で語ること自体が構造的に不可能ということになります。

 逆に、世界全体を「意識の言葉」で語ることはどうでしょうか?これも不可能です。目の前のコップも水も、私の心の中の「酸っぱい」感覚も、隣にいるAさんも、すべて私の意識の中にあるものだ、と想定する。つまり「目の前にあるコップは本物に見えて、実は私の意識の中にだけ存在するのだ」と考える。でも、ここでいう「本物」とは?「本物のコップ」と「本物ではない意識の中のコップ」を区別できて初めて、「すべては意識の中だ」と言えるのではないでしょうか。   (続く)


※コラムの内容はコラムニストの個人の意見・主張です。
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葛生賢治

哲学者。早稲田大学卒業後、サラリーマン生活を経て渡米。ニュースクール(The New School for Social Research)にて哲学博士号を取得した後、ニューヨーク市立大学(CUNY)をはじめ、ニューヨーク州・ニュージャージー州の複数の大学で哲学科非常勤講師を兼任。専門はアメリカンプラグマティズム、ジョン・デューイの哲学。現在は東京にて論文執筆、ウェブ連載、翻訳に従事。ウェブでは広く文化事象について分析を展開。




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