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コラム

マイ・ワード・マイ・ヴォイス
vol.40 見極め (8)

2023-09-29

 「見極める」態度を捨てて、自分は世界の一部であると自覚すること。これが勉強の目的です。でも多くの場合、勉強は「見極める」態度に支えられています。テキストや教室での授業から学ぶのは、世界「について」だからです。何か「について」学ぶということは、「何か」と「何かを学ぶ者」を明確に分けて初めて成り立つから。だから「見極める」態度を持つことは正しくもあり、ある程度まで必要です。
 
 でも肝心なのは、勉強をすると「見極める」態度を捨てざるを得ない瞬間が訪れるということ。数学、歴史、英語、国語など、テレビのチャンネルのように科目が分かれているため、私たちは「学ぶ者」をテレビの視聴者のように捉えがちですが、そもそも勉強を通じて私たちが学ぶのは、世界はそうなっていない、ということなのです。
 
 例えば、望遠鏡はなぜ発明されたのでしょう?「望遠鏡学」があり、そのテキストの通りに望遠鏡を組み立てたからでしょうか。そんなことはありません。天文学、光学、数学、さらには神話などが表す天体への人類の関心など、様々な要素が創造的に、料理の材料のように組み合わされて結実したからです。「世界」には天文学や光学や数学のような区別はありません。「世界」の一部を切り取って説明したものが個々の「学」なのだから。ゆえに、学ぶ上である程度は必要だった「見極める」態度は、「世界」そのものには通用しない。「見極める」ではなく「料理する」態度でないと通用しない。
 
 「料理する」とは創造を意味します。だから私の言う「生きることの価値を見極める」とは、見極めてみて「価値がある」と思えればラッキー、「価値がない」と思ったら死を選ぶという意味ではありません。「見極める」態度が通用しないことを見極める。そして「世界」そのものに至る、自分が世界の一部であると自覚して世界を作り変える人生を始める、という意味です。
 
 以上を踏まえて、子供から「なぜ学校で勉強する必要があるの?」と聞かれたらこう答えるべきでしょう。生きることの価値を見極めるのに必要な世界観を得るためだよ、そしてその「見極め」は、あなたが「見極めようという態度」を捨てたときに達成されるよ、と。


※コラムの内容はコラムニストの個人の意見・主張です。
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葛生賢治

哲学者。早稲田大学卒業後、サラリーマン生活を経て渡米。ニュースクール(The New School for Social Research)にて哲学博士号を取得した後、ニューヨーク市立大学(CUNY)をはじめ、ニューヨーク州・ニュージャージー州の複数の大学で哲学科非常勤講師を兼任。専門はアメリカンプラグマティズム、ジョン・デューイの哲学。現在は東京にて論文執筆、ウェブ連載、翻訳に従事。ウェブでは広く文化事象について分析を展開。




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