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キム・ホンソンの三味一体
vol.185 ジャン・ヴァルジャンと一つのパン

2023-03-03

　ヴィクトル・ユーゴーの小説レ・ミゼラブルの中に、飢えに苦しむ姉の子供たちのためにパンを一つ盗んだ結果、１９年も刑務所に服役させられたジャン・ヴァルジャンという人物が登場します。彼は過酷な処罰によって人間不信で反社会的な人間となって出獄することになります。そして、法の番人として法に基づく社会秩序を絶対的に信奉するジャベール警部という人物がいます。彼は、禁欲主義で生真面目かつ自分にも他人にも厳格な男。いわばこの小説で正義と法治を象徴する人物です。彼は、仮釈放のルールを破ったヴァルジャンを始終一貫執拗に追い回しそれに相当する処罰を受けさせようとします。

　一方、お腹を空かしていたヴァルジャンを食事に招待し温かくもてなしたミリエル司教という人がいます。彼は、銀の燭台を盗んで逃げたヴァルジャンが警官に捕らえられ連れ戻された時、「それは私があげたのだ。そしてこれはあなたの忘れ物です。」、とさらに２本の燭台を差し出したのです。ミリエル司教はこの小説で神の恵み、無償の愛を象徴する人物です。ヴァルジャンは、ジャーベル警部で象徴される正義ではなく、ミリエル司教で象徴される恵みによって人間不信で反社会的な人間から他者を愛することのできる人間へと変えられていくのです。

　ところで、パンを盗んだヴァルジャンのことで思い出したのですが、新約聖書の中に「荒野の誘惑」と呼ばれるエピソードがあります。その中で４０日間の断食を経て空腹をおぼえていたイエスに「もしお前が神の子であるならその力を使って石をパンに変えて自分自身を救ったらどうだ」、と試みる悪魔に対してイエスは「『人はパンだけで生きるものではない。神の口から出る一つ一つの言葉で生きる』と書いてある。」と旧約聖書の言葉を引用して答えます。要するに胃袋に収まるもの、手に触れられる物質だけが人間を生かしてくれるのではなく、神の言葉として象徴される神からの愛や希望によって生きる、と言って誘惑に打ち勝ったのです。

　生きていくためにパンは必要不可欠です。しかし、それだけあれば良いわけではないのです。ヴァルジャンは生きるためにパンを盗みましたが、本当に生きる理由を見つけられたのはミリエル司教に会った時でした。そのような自分であっても愛されている、という神の恵みに気付いたのです。

　「神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである。神が御子を世に遣わされたのは、世を裁くためではなく、御子によって世が救われるためである。」（ヨハネによる福音書３:16−17）

礼拝：日曜日午前10時（ハンティントンビーチ）、日曜日午後２時（トーランス）
お問い合わせ：khs1126@gmail.com (310) 339-9635

※コラムの内容はコラムニストの個人の意見・主張です。