マイ・ワード・マイ・ヴォイス
vol.32 クール
2023-02-03
1月11日にミュージシャンの高橋幸宏氏がお亡くなりになりました。小学生の頃にYMOに出会い、YMOを入口として彼らから影響を受けた音楽や彼らに影響を与えた音楽を中心に聞く音楽の幅を広げてきた私にとって、とても寂しいことです。
訃報が伝えられて以来、様々なメディアの追悼特集で彼の音楽のみならず映画やファッションにまで及ぶ数々の功績が紹介されていますが、名だたるミュージシャンや文化人たちが口を揃えて言うのは、高橋幸宏とは「クール」「スタイリッシュ」「おしゃれ」な存在だったということ。コンピューターに合わせて寸分たがわずジャストなビートを刻むドラムのグルーヴ感、決して歌い上げず、通る声で抑え気味に語尾を引きずるボーカルスタイル、どんなに短いメディア露出でもこだわりのファッションで全身をきめる姿勢、竹中直人氏らとナンセンスコントをする際のくすりとも笑わないポーカーフェイス、どれも「クール」の具現化として見せてくれたのが高橋氏でした。
クールとは何か?哲学者トルステン・ボッツ=ボルンシュタインはクールの起源をアメリカの黒人奴隷の行動スタイルに見出します。黒人奴隷にとって白人支配者への反抗的な態度は罪として罰せられる行為だった。そこで、どんなに強烈な怒りや悲しみが心に渦巻いていても、何もなかったような態度をとる。「涼しい」顔でやり過ごす。これがクールの原点である、と。言い換えれば、大変なのに大変じゃないように振る舞う「状況」と「態度」の間のギャップ、裏腹さ、そこにひねりを加えるセンスをクールと呼ぶ。今や世界中の若者に広まったアメリカのヒップホップカルチャーはその発展形だと言えるでしょう。哲学者コーネル・ウェストはヒップホップを 「男性WASP(白人のアメリカ人プロテスタント)の覇権的文化を打ち砕くもの」として称えています。
白人/黒人の二項対立すら超えた、「イエロー」なクールを見せて世界を驚かせたのがYMOでした。そしてメンバーの中でも特にその後のキャリアで数々の研ぎ澄まされたクールを表現し続けたのが高橋氏でした。お別れは寂しいですが、ここはあえて涼しい顔をすべきでしょうか。素敵な音楽への感謝を込めて。
※コラムの内容はコラムニストの個人の意見・主張です。

