受喜与幸 ~受ける喜び、与える幸せ~
vol.61 希望はピンチの顔をしてやってくる1
2022-12-23
病院は、生と死が交差する場所です。同じ病をもっていても、そして、それが死にいたるような重篤な病であっても、毎日ニコニコ幸せそうにされている方と、不平不満を言いつづけている方がいます。人間の生き方にこうした違いを生むものは、いったい何なのでしょうか。
以前、私は、鎌形赤血球症の新薬プロジェクトを進める中で、あるトラブルに見舞われ、大きな危機に瀕(ひん)する経験をしました。
これまでにも何度か同じようなトラブルやピンチに見舞われ、壁にぶつかるたびに何とか解決策が見つかり、困難や失敗から救出されてきました。しかし、今回ばかりは、解決のための突破口が見つけられず、事態のコントロールも挽回(ばんかい)も不可能であるような、絶望的な気持ちに陥ってしまいました。
そういう精神状態に追い込まれると、なおさらいい対策など思いつきません。考えは同じ場所をくるくる空回りするばかりです。
すると、これまで積み上げてきた実績も、すべて音を立てて崩れ落ちていくようで、徒労感だけがいたずらに募り、私は、はじめて何もかも投げ出したくなってしまいました。
その日は、アメリカの感謝祭の休日直前のことでした。感謝祭の当日、いつも教会でいっしょに礼拝をするひとりの仲間からメールがきたのです。めったに連絡をやりとりする友人ではなかったのに、そのときにかぎって彼が寄こしたメールには、感謝祭を祝福する文句のあとに、
「道が塞(ふさ)がれたと思えるときにも、感謝と喜びの気持ちを忘れることなく、すべての願いを神様に伝えなさい」
という意味の聖句が記されていました。
私の心の色は、陰から陽へとガラリと塗り替えられてしまいました。あれほど気持ちが沈んでいたのに、文面を読んだとたん、心と体に力がみなぎってくるのを感じたのです。
その友人は、私が仕事でトラブルに見舞われて困っていることも、何もかも放り出してしまいたい自暴自棄の疲労感にとらわれていることも、まったく知りませんでした。ですから、そのメールが私を力づけてやろうという動機から送られたものではないことは確かです。つまり、私を元気づけた語句は、まったくの偶然からもたらされたものでした。偶然が希望を運んできたのです。
そうして心の彩りが一変したら、現金なことに、絶望的に見えていた事態も「十分、解決可能だ」と思えてきました。私はいつもの前向きな気持ちを取り戻して、感謝祭の期間中にも何本かの電話をかけるなど、トラブル打開のための手を打ちはじめたのです。
こちらのミスを謝罪し、相手の誤解もていねいに解いて、精いっぱいの誠意を示すことで相手の理解を得た結果、感謝祭が明けたときには、すでに事態を好転させることができていました。それだけでなく、トラブル以前よりも有利な条件を相手先が示してくれる結果にもなったのです。(次回に続く)
※コラムの内容はコラムニストの個人の意見・主張です。

