受喜与幸 ~受ける喜び、与える幸せ~
vol.58 神様は単純さが好き3
2022-12-02
研究者にとっては、論文を書くことも仕事のひとつです。新しい発見をして世間から注目されるというのは科学者の夢かもしれませんが、それに固執し、新しいものを追うばかりに、過去の研究をもう一度掘り起こすということがあまりなされないのは、残念なことだと思います。とくに最近の研究者は、功を急ぐばかりに研究者としてのいちばん大事な務めを見失ってしまっているようにも思えます。
私は、自慢できることではけっしてないのですが、鎌形赤血球症の研究を始めてから、ほとんど論文を書いていません。論文を書くことに追われていると、研究の成果を世の中に還元するという仕事に、集中できないからです。
私の場合は、鎌形赤血球症の患者さんを救うということがいちばん大事な仕事です。新薬を確実に患者さんに届けるためには、生産工場をつくったり、流通ルートを確保したりと、時間もお金もかかることがたくさんあるのです。
論文を書かないで資金集めに奔走している私を見て、「研究者なのに金儲(かねもう)けばかりしている」と揶揄(やゆ)する人もいますが、自分には「それも私の仕事なのだから」と言い聞かせ、最近ではあまり気になりません。
自分の前に用意された道を信じてひたすら前に突き進む。そういう単純さが私にはあるようです。なぜ私が鎌形赤血球症の治療薬の開発を進めることができたかという問いの答えは、私がとても単純で、新薬をどうにかして患者さんたちに一刻も早く届けるということしか考えていなかったから、ということに尽きるのでしょう。
※コラムの内容はコラムニストの個人の意見・主張です。

