受喜与幸 ~受ける喜び、与える幸せ~
vol.54 まかせることは、強さになる2
2022-11-04
患者さんたちに薬を届けるためには、研究室の実験や患者さんに参加していただく治験だけでなく、商業化することにも力を入れなければなりません。私どもの仮説がほとんど確実だと確信できるまでになった二〇〇〇年ごろ商業化のためのパートナーを探しましたが、製薬会社の理解を得るにはまだ十分なデータではなかったようで、当初はうまくいきませんでした。そこで、大学の研究所の後押しもあり、「エマウスメディカル」という会社を独自で設立することになり、そこの代表を私が務めることになりました。
治験の成果が世間に理解されてくると、投資してくれる資本家や、協力してくれる製薬会社が出てきましたが、私たちには、大きな課題がありました。
現状を調べてみると、グルタミンの量が現在の世界生産量では、圧倒的に足りないことがわかったのです。事業化するまでこのような問題があることに、私はまったく気がつくことができませんでした。
現在、世界中で生産されている薬用グルタミンの量は、約二〇〇〇トンしかありません。しかも、つくっているのは日本の医療食品関係メーカーの二社だけ。こうした状況では、治療薬を普及させることはとうてい不可能です。二〇〇〇トン程度のグルタミンでは、アフリカをはじめ世界にいる鎌形赤血球症の患者さんの一〇〇分の一も治療できません。私たちの試算では、将来的に少なく見積もって二五万トン以上のグルタミンが必要とみています。
しかし幸いなことに、これには多くの方々が協力を約束してくださいました。とくに「味の素株式会社」は、私たちの研究を最初のころから支援してくださり、新薬が承認されたら、新しい工場をつくってでもグルタミンを供給するといってくださいました。
さらに、このプロジェクトは大きな広がりをみせることになりました。グルタミンを生産する過程でできるバイオエタノールが、石油の代用品として、代替エネルギーとなる可能性があるのです。まだあまり知られていないのですが、沖縄、宮古島のエタノール生産技術はすばらしく、生産に必要な光熱量を従来の八〇パーセントもカットし、エタノールの質は世界最高といえます。さらに、エタノールの抽出後に残る物質まですべて、薬や肥料、飼料として活用する技術も開発されました。
この技術をうまく使えば、日本はエネルギー輸入国ではなく、エネルギー供給国になる可能性が十分にあることが示されています。また、ゴムやプラスチックなども、原油からではなく、農産物の醗酵によってつくることができる技術もあります。
新薬開発というひとつの医療プロジェクトが、農業の活性化に結びつき、その結果、自然と一致した循環エネルギーと、生活必需品の生産につながりました。
次回に続く。
※コラムの内容はコラムニストの個人の意見・主張です。

