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コラム

受喜与幸 ~受ける喜び、与える幸せ~
vol.52 悪を減らすより、善を増やす2

2022-10-21

 ロサンゼルスのメキシコ料理店で食事をしながら、ゼレーズ先生に鎌形赤血球症の新薬開発のアドバイスをもらっていました。

 私が提案したのは、「分数でいえば、分子はそのままに分母を減らすことで、善的な効果を大きくする」という分母に着目した考えでした。私の考えに対して、先生はにこやかな顔はそのままで、次のように反論されました。

 「いや、その反対でいこう。この場合、分子を徹底的に大きくしたほうがいい」

つまり、先生は、分母はそのままで分子を増やすことに着目し、悪を減らすよりも善を増やすほうに力を注ごう、そのためにはグルタミンの注入を抑制するのではなく、逆に大量に入れてみようと提案し直してきたのです。

 なぜならば、私が行った実験において、病んだ赤血球細胞がそれほど急激にグルタミンを吸い込んでいることが確かめられたのなら、注入を抑えるより増加したほうが、つまり分母を小さくするより分子を大きくしたほうが効果的である。そのほうが、悪も増えるかもしれないが、それ以上に善も増えて、全体のリドックス・ポテンシャルも高まるはずだ……。このゼレーズ先生の考えは私とまったく正反対でした。私の考えが減点法とするなら、先生の発想は加点法によるものです。

 「たしかにそうだ。先生の言うとおりだ」

 私は先生の、「善を増やす加点法」の発想に教え導かれた思いがして、すぐに賛意を示しました。

 そして、この夜のメキシコ料理店での決定が正しかったことは、翌日からの実験ですぐに立証されはじめました。鎌形の病んだ細胞は入れれば入れただけのグルタミンを次々に吸収して、片っ端からそれをNADに変えてくれたからです。

 さらに幸いだったのは、グルタミンは以前から副作用がないことで知られた物質であり、すでに筋肉増強のサプリメントや、抗がん剤の副作用を抑える物質などとして一部で使用されてもいたことでした。

 したがって、他の新薬の場合であれば必要とされる、動物治験などもパスされ、私たちはすぐに人間の患者さんによる治療実験に入ることができたのです。

その治験に協力してくれた患者さんたちの赤血球が、グルタミンの投与によって正常な丸い形に変わり、血液はきれいになり、痛みも消えて、その症状が見違えるように回復していったことは先に述べたとおりです。その劇的な変化を驚きと興奮と喜びをもってながめながら、私は医学のひとつのたしかな勝利を実感したのです。


※コラムの内容はコラムニストの個人の意見・主張です。
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新原豊

新原 豊(にいはら・ゆたか)
1959年東京生まれ。ロマリンダ大学宗教学部卒、同大医学大学院卒。1989年よりUCLAハーバー総合病院にて血液内科と腫瘍内科に所属。ハーバード大学で公衆衛生学修士課程を修了。2005年よりUCLA医学部教授に就任。Emmaus Life Sciences, Inc. 会長兼CEO、EJホールディングス㈱ 取締役会長。Emmaus Life Sciences, Inc. の株式シンボルは、”EMMA” です。




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