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コラム

マイ・ワード・マイ・ヴォイス
vol.28 絵に描いた餅

2022-09-30

 昨年は作家・向田邦子の没後40年にあたることから、東京で回顧イベントが行われたり、テレビで特集番組が放送されたりしました。向田氏のテレビドラマや小説の多くが戦前日本の中流家庭で繰り広げられる日常の出来事を描いているため、人によっては「古き良き日本を描く脚本家・作家」というイメージを持つかもしれませんが、それは間違いです。
 
 私はつねづね、向田邦子はポストモダンの作家だと思っています。ポストモダンとはモダン(近代)の理想を否定し、別の生き方を模索すること。近代とは、人々が感情や慣習や権力に支配されずに理性的な主体を確立し、自由に意思決定をなし、それぞれの主体性を認め合って成り立つ国家を理想とします。『寺内貫太郎一家』『時間ですよ』『わが母の教えたまいし』など、向田ドラマに登場する家庭の多くは「父親の機能不全」を抱えています。昔気質の頑固おやじが登場しても、その頑固さが極端すぎて滑稽であったり、逆に父親が頼りなかったり、そもそも母と娘たちだけの家庭であったり。でも「強い父親」がいないからといって他の家族たちが近代的主体を確立しているわけではありません。彼らは自分の中に矛盾を抱え、自分を疑い、ぶつかり合います。まったくもって「古き良き日本」ではありません。
 
 まるで、ちゃぶ台を囲んで食事をして「いかにもホームドラマ」な光景を見せながら、「こんな光景はテレビの中にしか存在しない」と、登場人物たちが自らその虚構性を暴露しているように見えます。つまり、向田ドラマはホームドラマであると同時に、ホームドラマのパロディなのです。『時間ですよ』『ムー』などで堺正章や樹木希林たちがドラマに関係なくコントを始めたり、視聴者のハガキを紹介したりして徹底的に悪ふざけをするのも、「これは作られたドラマなんですよ」とドラマ自体の裏側を見せるためでしょう。
 
 近代の主体とは絵に描いた餅、実現不可能な理想だった。だからこそ、その「餅を手に入れられない自分たち」の葛藤をつまびらかに描き、共感を生む。向田作品が今なお圧倒的な存在感を持つのは、ポストモダンを見つめるその視点が私たちにありありと迫って来るからに違いありません。


※コラムの内容はコラムニストの個人の意見・主張です。
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葛生賢治

哲学者。早稲田大学卒業後、サラリーマン生活を経て渡米。ニュースクール(The New School for Social Research)にて哲学博士号を取得した後、ニューヨーク市立大学(CUNY)をはじめ、ニューヨーク州・ニュージャージー州の複数の大学で哲学科非常勤講師を兼任。専門はアメリカンプラグマティズム、ジョン・デューイの哲学。現在は東京にて論文執筆、ウェブ連載、翻訳に従事。ウェブでは広く文化事象について分析を展開。




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