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コラム

マイ・ワード・マイ・ヴォイス
vol.24 悲喜劇

2022-06-03

 市川崑監督の映画『満員電車』(1957)は大手企業に就職した新人サラリーマンの姿を通じて現代社会を風刺した喜劇ですが、非人間的な労働に疲弊する主人公の両親が特徴的です。
 
 笠智衆演じる父親はその道30年の時計職人。合理性と秩序を何よりも重んじ、自分の調節した時計の絶対的な正確さを誇りとする実直な男。杉村春子演じる母親は3人息子のうち2人を病気と戦争で亡くした経験から末っ子(主人公)を常に気にかける苦労人。息子に父親から「お母さんが発狂した」という手紙が届きます。愚痴をもらしてばかりのお母さんが急に笑い出すようになった、と。忙しくて帰省できない主人公は母校の医学部精神科の研修医に母親のケアを依頼します。
 
 ところが母親が息子を訪ねてきます。おかしなところはなく、穏やかな表情で「私は愚痴っぽかったけど、辛いことがあるたびに笑うようにしたよ」と言う。そしてなんと父親が「発狂」して入院したと告げます。慌てて病院に駆けつけると、父親は以前と変わらぬ様子で淡々と「ここにいれば世間のバカどもと付き合わなくて済む。ここには秩序正しい生活がある。お前もここに入りなさい」と語ります。研修医は「精神を病んだのは君のお父さんの方だ。最近乱視になって30年来の職人の腕がダメになったのが直接の原因だ」と伝えます。一体誰が「異常」なのか、観客は混乱します。
 
 母親が正しければ父親が異常ということに。でも杉村春子の演技が素晴らしく、穏やかな顔が穏やかゆえにどこか「普通でない」ようにも見えます。父親が正ければ母親にこそ問題が。でも笠智衆の朴訥とした佇まいはかえって「異常」にも見えてくる。彼は「あえて」病院に入ったのか、職人としての腕に「狂い」が生じ、ショックで異常をきたしたのか。双方が正常にも異常にも見える状態。
 
 母親は「辛い時こそ笑おう」というポジティブ・シンキングの美しさとその裏にある脆さを、父親は「正しい社会秩序の実現」への期待と幻滅をそれぞれ象徴しているとしたら、まさに「正解」をどこにも見出せない私たちの社会を表しているようです。喜劇でも悲劇でもない現実。笑うのでも嘆くのでもなく、第3の道を模索せずにはいられません。


※コラムの内容はコラムニストの個人の意見・主張です。
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葛生賢治

哲学者。早稲田大学卒業後、サラリーマン生活を経て渡米。ニュースクール(The New School for Social Research)にて哲学博士号を取得した後、ニューヨーク市立大学(CUNY)をはじめ、ニューヨーク州・ニュージャージー州の複数の大学で哲学科非常勤講師を兼任。専門はアメリカンプラグマティズム、ジョン・デューイの哲学。現在は東京にて論文執筆、ウェブ連載、翻訳に従事。ウェブでは広く文化事象について分析を展開。




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