受喜与幸 ~受ける喜び、与える幸せ~
vol.31 鎌形赤血球症の壮絶な痛みはなぜ起こるか2
2022-05-26
前回のコラムで、赤血球の変形が、鎌形赤血球証という恐ろしい病気を招いてしまう、そのメカニズムについて説明しておりました。
ボールを、その直径よりも細いゴムホースへ押し込む図を想像してみてください。ボールが野球のボールみたいに硬いものであれば、たとえホースのほうにかなりの伸縮性があったとしても、むずかしいでしょう。しかし押し込むボールがとてもやわらかく、伸縮自在で、すべすべしたものだったらどうでしょう。押し込むことは十分に可能です。
赤血球はまさに、そのやわらかいすべすべしたボールなのです。ぶよぶよといっていいくらいの柔軟性に富んでいるので、まるで軟体のアメーバみたいに自在に姿を変えて、たとえホースが自分の体よりも細く狭い毛細血管であっても、赤血球というボールは筒状に変形して、身をよじらせながら、その中へ入っていくことができます。
そうして血管壁に隙(すき)なくぴたりと張りつくことで、運んできた酸素を血管細胞へしっかり浸透させて(送り込んで)、体のすみずみまで配給するのです。ちなみに、赤血球は自分の直径の半分以下の細い毛細血管へも侵入でき、その中を通過できます。以上のことを逆にいうと、赤血球にこの柔軟な変形能力がなかったら、私たちの体は酸素を全身へ運搬できなくなり、さまざまな障害を起こしてしまうことになります。
そして、その赤血球の「不思議なやわらかさ」が失われてしまう病気こそが、まさに鎌形赤血球症なのです。
その結果、赤血球が細い毛細血管の中へ入っていけなくなる。あるいは、入ることができても、血管に酸素を供給したのちに柔軟性を失って、毛細血管の中を通り抜けられなくなってしまう。
通り抜けられなくなった赤血球は、途中で立ち往生して毛細血管を詰まらせる。毛細血管が詰まれば、酸素の供給が途絶えてまわりの細胞が死ぬ。細胞が死んでしまえば炎症が起こり、痛みも生じて、さらには壊死(えし)にいたるケースさえ出てくる。
その痛みの強さがこの病気の特徴のひとつで、あらゆる痛みの中でもっとも痛いのは骨の折れる痛みだといわれていますが、鎌形赤血球症の症状が骨の壊死にまでいたった患者さんの場合、その骨折が全身で起こっているような激痛に襲われるといいます。
その様子は、見ている人までが苦痛にさいなまれるようで、私たち医師も思わず目をそらしたくなるほどです。
死亡率も高く、現在、アフリカを中心に世界で二五〇〇万人くらいの患者さんがいると推定されていますが、アフリカをはじめ、ほとんどの地域ではそのうち二〇歳まで生きられるのはわずか一パーセント程度。九〇パーセント以上は五歳までに亡くなってしまうといわれています。
※コラムの内容はコラムニストの個人の意見・主張です。