受喜与幸 ~受ける喜び、与える幸せ~
Vol.29 生命は勝手に生きている2
2022-05-13
医師が患者の「病気を治す」「命を生かす」なんていうのはきわめてうぬぼれた言い方で、むしろ逆に、私たちは命の自発的な力によって「生かされている」と考えるべきなのです。心臓の蘇生治療を行う際、止まっていた心臓を動かしたのは医師ではありません。医師は心臓が再び自分の力で動き出すのを手助けしただけです。施療はきっかけにすぎず、あとは生命自体に備わった復元力に再生をゆだねるのです。
生命維持に必要なことは自動的に体がしてくれる。その一方で、味覚みたいに生を楽しむための精妙な仕組みも備わっている。命とはなんとありがたく、不思議な存在であることでしょう。生命体のシステムは不思議さや精妙さに満ちています。
たとえば、人間の細胞は、一日に全体の〇・一パーセントが入れ替わっているといわれます。成人の細胞数は約六〇兆個という膨大なものですから、そのうちの〇・一パーセントでも六〇〇億個。これだけの数の細胞が、私たちの体の中で毎日死んでいき、また、新しく生まれているのです。
これだけでも驚きですが、その中で唯一、再生のほとんどない細胞があります。脳細胞です。他の組織の細胞は、生と死を絶え間なくくり返しているのに、脳の細胞だけは、基本的に生涯不変なのです。
これは脳細胞まで入れ替わってしまったら、記憶機能が混乱してしまうからです。記憶による生命情報の統一性や整合性が失われたら、生物がまともな生命活動を続けることは、不可能になるからです。
そのために、ただひとつ脳細胞だけは再生せず、持続されるようにあらかじめ設計されている。不思議で精妙、柔軟にしてたくみな仕組みであるとは思いませんか。命とは実は、こうした「奇跡」のかたまりなのです。
そして、その奇跡によって、私たちの生命は、絶えず生きるほうへと促され、また、生きることを楽しむようにつくられています。
その命という奇跡的な存在についてさらに詳しく知る手がかりとして、次に、私の専門である医学分野の、なかでも鎌形(かまがた)赤血球症という、不思議な病気の話を紹介してみることにしましょう。
※コラムの内容はコラムニストの個人の意見・主張です。

