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コラム

マイ・ワード・マイ・ヴォイス
vol.18 嘘と本当

2021-12-03

 大学生のとき、講義で一度だけ隣の席に座った女の子に悩みを相談されたことがあります。講義が終わり、青白い顔をして思いつめた表情の彼女が私に相談してきたのは友人関係や恋愛の悩みではなく、哲学的な命題についてでした。

 「いま私が見ているこの現実が現実じゃなくて、すべて夢だったらどうしたらいい?そう考えるとおかしくなりそうで、『うわああ!』って頭を掻きむしりたくなるのをやっと抑えて生活してるの」

 私は何と答えたのかあまり覚えていないのですが、彼女の悩みは哲学の認識論の問題として古典的なものです。私たちは夢の中の出来事を「現実」と信じてしまうのだから、夢ではないと思っている「この現実」が「本当の現実」であるとどうやって証明できるのか?映画「マトリックス」でも取り上げられている問題。これには論理的な回答があります。仮にこの現実、あなたがこのコラムを読んでいる「この現実」が夢だとしましょう。本当の現実はまったく別のもので、あなたは生まれてからずっと偽の現実を生きてきた。すべては嘘だった。うわああ。でも、ちょっと待ってください。「この現実」が嘘だったとして、それがなぜ「うわああ」になるのでしょうか?つまり、「この現実(A)」以外に「本当の現実(B)」があることが「困ったこと」であるのはなぜか?それはAよりもBの方が快適で自由で優れていると思っているから、Bがどんなものかを知っているから、ではないでしょうか。つまり、「私はBではなくてAに閉じ込められているから困った」という悩みはBを経験している人間にしか言えない。だからあなたはBにいる人間なのだ。

 そう答えても、当時の彼女の心は晴れなかったかもしれません。彼女の悩みは「私の視点が誰にも共有されない」という孤独感の表れだったかもしれない。または、「私の視点とは全く別の視点がどこかに存在するかもしれない」という不安の表れだったのかもしれません。でも、後者はそれほど困ったことでしょうか?現実を全く別のものと捉えることができるからこそ私たちは自由な存在だ、と私は考えます。

 それきり彼女とは会っていません。現実を楽しめていればいいのですが。


※コラムの内容はコラムニストの個人の意見・主張です。
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葛生賢治

哲学者。早稲田大学卒業後、サラリーマン生活を経て渡米。ニュースクール(The New School for Social Research)にて哲学博士号を取得した後、ニューヨーク市立大学(CUNY)をはじめ、ニューヨーク州・ニュージャージー州の複数の大学で哲学科非常勤講師を兼任。専門はアメリカンプラグマティズム、ジョン・デューイの哲学。現在は東京にて論文執筆、ウェブ連載、翻訳に従事。ウェブでは広く文化事象について分析を展開。




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