ピアノの道
vol.49 音楽のための怒り
2021-01-22
音楽は呼吸器を付けたICUの患者さんにも有効であることが分かっています。音楽が呼吸や心拍を正常化し、呼吸器に伴う苦痛も軽減し、鎮静剤や鎮痛剤の必要性が減少します。更に、音楽は患者さんだけでなく、お世話をする病院スタッフや周りの家族の不安やストレスも軽減します。ICU患者一人に付き平均2322ドルのコスト削減につながる、と結論付けた研究結果すら発表されています。
でもICUで音楽に何らかのアクセスを与えられる患者さんは例外的です。音楽鑑賞に必要な機材が無い。あっても患者さんに配る人手が無い。そういう実際問題もありますが、やはり根底にはまだ音楽の治癒効果に対する偏見がある事を否めません。この非常事態に音楽なんて不謹慎だ!という考え方。気休めに過ぎないという根強い固定観念。ICUが患者さんで溢れかえる中、医療スタッフ自身に病欠が増え、人手不足が深刻な現状が続く中、コロナ禍で音楽療法士の多くが失業しています。…歯がゆい。もどかしい。悔しい。
「科学研究者はどういう行動がどういう結果を生むかを追求する。心理学者や社会学者は人間はどういう感情でどういう行動を起こすかを統計にする。芸術家は人間にどんな感情でも呼び起こす。この3つの専門分野の協力体制を作らないと社会変動は起こせない」と私に最近助言してくれた気候変動の運動家がいます。彼女によると、コロナでも気候変動でも「悲しい」報道が多すぎるのだそうです。例えば気候変動だと、氷山のかけらの上の白熊さんが漂流するBGMは悲しい。コロナだと、犠牲者の家族の嘆きが良く放映されています。「悲しみは無力感に繋がる。悲しみは人の行動力を抑制する。人を動かすのは怒りだ!」
なるほど。議事堂を襲った暴徒は確かに怒っていました。独裁者のスピーチは怒りに満ちた扇動的な物が多いです。私も作戦を変えるべきでしょうか。「このままじゃだめだ!もっと医療にも社会にも音楽を!!!」…楽器を手にした人々が病院や教育現場に駆け付けるでしょうか?「Music! Music!」とか連呼して。
…どうですか?
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※コラムの内容はコラムニストの個人の意見・主張です。

