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コラム

マイ・ワード・マイ・ヴォイス
vol.5 Generalization

2020-11-20

 ニューヨークの大学で哲学の講師をしていた頃の話。地下鉄に乗っていた時、駅に停車して車両のドアが開くと、ホームにいた数名の青年が車内の私を見て言いました。
 
「見ろよ!ジャッキー・チェンがいるぜ!」
 
 私は当時から眼鏡をかけていましたし、髪型も今のように長髪を後ろで結ぶスタイルでしたので、アジア人でなくても私がジャッキー・チェンでないことは分かるはず。彼らは私をアジア人としてからかったのでしょう。実際、笑いながら騒いでいました。
 
 別の日、マンハッタンのイーストヴィレッジを歩いていたら大柄の男性が近寄ってきて「ルーシー・リュー!」と言われました。もちろん、私が映画『チャーリーズ・エンジェル』の主演ができるほどセクシーな女優でないことは明らかです。
 
 どちらも私の気分を害するほどのこともなく、いまでも笑い話として友人に披露するようなエピソードなのですが、いわゆる「差別」の本質を表す体験だと思っています。
 
 人種差別が行われる時、そこで起きているのは差別ではなく一般化(generalization)です。「私が今まで出会ったA人種の人たちはみなドーナツが好きだった。だからA人種は全員ドーナツが好きなのである」と考えること。ひとつのグループ内の一部の特徴だけを取り上げ、グループ全体に適用すること。そして個人間の差異をすべて無視して「そのグループの人」としてまとめること。地下鉄で私を見かけた青年たちも、道端で私に近づいて声をかけた男性も、私を「アジアの人」とだけ見ていたのでしょう。
 
 「私」にある様々な要素、例えば職業、性別、性格、ライフスタイル、価値観、政治的傾向、食べ物の好みなどが無視され、私が世界的に有名なカンフーアクションスターやハリウッド女優と「同じ」とされる。差別の本質は「別ける」ことではなく、generalizeすること、つまり「違うはずの人たちを別けずに一緒くたにする」ことにあります。差異を無視することで目に前にいる「私」を見るレンズがぼやけるのです。
 
 人種差別という言葉を「人種一般化」と変換したらどうでしょう。現実を捉えるレンズの曇りを少しでも晴らすことが出来るのではないでしょうか。


※コラムの内容はコラムニストの個人の意見・主張です。
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葛生賢治

哲学者。早稲田大学卒業後、サラリーマン生活を経て渡米。ニュースクール(The New School for Social Research)にて哲学博士号を取得した後、ニューヨーク市立大学(CUNY)をはじめ、ニューヨーク州・ニュージャージー州の複数の大学で哲学科非常勤講師を兼任。専門はアメリカンプラグマティズム、ジョン・デューイの哲学。現在は東京にて論文執筆、ウェブ連載、翻訳に従事。ウェブでは広く文化事象について分析を展開。




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