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コラム

マイ・ワード・マイ・ヴォイス
vol.3 物語 

2020-10-19

 数週間前、クラシックの有名な曲の導入部が頭に浮かんだものの、それが何の曲なのか思い出せない、ということがありました。ピアノの高速な連打と低音のライトモチーフの繰り返しが独特の緊迫感を醸し出すイントロ。とても有名な曲なのにその後が思い出せない。

 数日後、テレビでNHKテレビ小説『ちゅらさん』が再放送されていました。私が見たのは沖縄に暮らすヒロイン・恵里が子供の頃のエピソードで、彼女の家に休暇で訪れていた東京の家族の長男が病のために命を落とす場面。

 その直後、思い出せなかった曲の正体が急に分かりました。シューベルトの『魔王』です。この曲の詩はゲーテによるもので、夜の森を父親に抱えられ馬で疾走する男の子が登場します。魔王に襲われるという幻覚に怯える彼は必死になだめる父親の努力も虚しく、目的地に着いた時には息絶えていた、という物語。

 私が『魔王』を思い出したのは『ちゅらさん』に含まれていた「男の子の死」という共通要素が私の記憶を呼び起こしたから、といったら少々強引でしょうか。でもそのように異なる物語を共通要素を接点として関連づけることは可能でしょう。

 物語とは何か?物語の「意味」はどこに存在するのか?ロラン・バルトは物語の構造分析を通じて、物語の意味とはそれぞれの作者が決めるものではない、という「作者の死」を宣言しました。物語とは作者が作るのはなく、読者がその意味を生み出すものである、と。

 『魔王』はゲーテの詩ですから、「この詩は何を意味しているのか?」という問いに答えられるのはゲーテのみ、と考える人が多いかもしれません。でも本当にそうでしょうか?例えばいまゲーテにインタビューをして彼が「この詩にはこういう意味を込めた」と答えたところで、それが「正解」だと言えるのでしょうか?

 物語は作者が込めた意味を超えて、諸々の要素、例えば男の子の死、魔王の存在、父と子の関係、といったものが他の物語へと引用され、他の物語と比較され、様々に共鳴・反響することで新しい意味を生み出していくとは言えないでしょうか。
 『ちゅらさん』の男の子は死の直前に自分の弟と恵里に結婚を約束させ、ドラマの主軸となる二人の関係を作り出します。つまりこれは死者がひと組みのペアを生み出す物語です。『魔王』の男の子は自分を襲う魔王と現実に引き戻そうとする父親の間で揺れ動きます。これは死者が「妄想(魔王)」と「現実(父)」というペアに挟まれた物語。「魔王:子:父」の三者は子を結点とする「妄想」と「現実」との切り離せない関係を浮かび上がらせる、と言えないでしょうか。

 物語とは私たちが新たな意味を生み出すことばなのかもしれません。


※コラムの内容はコラムニストの個人の意見・主張です。
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葛生賢治

哲学者。早稲田大学卒業後、サラリーマン生活を経て渡米。ニュースクール(The New School for Social Research)にて哲学博士号を取得した後、ニューヨーク市立大学(CUNY)をはじめ、ニューヨーク州・ニュージャージー州の複数の大学で哲学科非常勤講師を兼任。専門はアメリカンプラグマティズム、ジョン・デューイの哲学。現在は東京にて論文執筆、ウェブ連載、翻訳に従事。ウェブでは広く文化事象について分析を展開。




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