キム・ホンソンの三味一体
vol.104 喜びを先取りする
2018-09-13
今週の日曜日(16日)は、Huntington Beachにある復活ルーテル教会(お問い合わせ:714-964-1912) で召天者記念礼拝を担当することになりました。この日は過去一年の間にお亡くなりになった方々を記念する日です。普段は教会に来られない方でも、誘われてはじめて来られる方でも、その誰かの死を偲んで礼拝を守り共に食事をするというシンプルな行事です。
キリスト教において「死」は、もう一つの新しい旅立ちであり、やがては神が共におられる天国で家族をはじめすべての愛する人々と再会するという信仰があるので、葬儀をはじめ召天者を記念するサービス等も、悲しい暗いような感じではありません。むしろとても心が温かくなり和むような雰囲気に包まれます。
先日の夕飯の時「パパが死んだらいつもの公園でバーベーキュをして参加者全員でワインとパンで聖餐式をやってほしい」とみんなに話しました。すると現在4歳と5ヶ月になるJhが(おそらくお誕生日のようなものだと思って)パパはその日何かもらえるのかと聞いて来ました。「何ももらえないけど天国に行けるんじゃないかな」というと、そこにはTレックス(息子が最近ほしがっている恐竜のオモチャ)があるかと聞かれ、「それならその日まで待たなくてもクリスマスにサンタさんからもらえるよ」と言ってあげました。すると息子は急に目を丸くしてクリスマスは今日?と聞いたので、絶対にがっかりするだろうなと思いながら「あと90回ぐらい寝んねしたらもらえるよ」と言ってあげました。しかし、がっかりするどころか益々目を輝かせながら喜んでいる息子に「90回も寝んねするんだよ。わかる?」って聞くと「わかる。ぼく、ねんね、はやくする。」と言ったのでした。
息子はまだ時間という概念が分かっていません。自分が頑張ればクリスマスが早く来るとでも考えているのでしょう。しかし一つだけ大人にもなかなか出来ないことが出来ていました。それはやがて迎えるだろうその日の喜びを先取りして、今日まるでその日が来たかのように喜ぶことです。つい周りのことばかりを気にして、自分の目標、たどり着きたい理想の未来に希望を持てなくならないようにしなければ、と考える今日この頃です。
※コラムの内容はコラムニストの個人の意見・主張です。

