1000字で文学名著
第10回 『檸檬』(レモン) 梶井基次郎
2016-10-18
短編小説『檸檬』は、往時の文学青年によく読まれていた。得体の知れない沈鬱な胸懐や、ふと抱いたふざけた心を、光彩豊かな物事やイマージュと共に定型詩的に描かれている。
三高時代の梶井が京都に下宿していた折に、鬱積された心情を背景に一つのレモンと対峙したときの感情や、それを洋書店の書棚の上に置き、レモンイエローの爆弾を仕掛けたつもりで、逃走するという空想が鮮明に描かれている。
「簡単なあらすじ」
時は大正末期、主人公である私は重度の神経症である。京都の裏通りをあてもなくさまよい歩いていたら、たまさか以前から興味をもっていた、寺町通の果物屋『八百卯』の前で私は脚をとめた。
美麗なうずたかく積まれた果物を眺めた。私の好きなレモンが整然と並べてあった。私はレモンを一つ買い求めた。
レモンを購入した瞬間から、私は杞憂と妄想から解放された。私は常に幸せであった。
私は久しぶりに丸善(洋書店)に立ち寄ってみた。しかし沈鬱が私の心にたれこめて、気力が失われていった。
私はレモンを思い出して、愉快な狂熱がもどってきた。書店をみわたすと、レモンイエローは、あらゆるものを吸収してしまった。
私はレモンを書棚において、なに食わぬ顔をして丸善を後にした。レモンを爆弾に見立てて、大爆発する丸善を痛快に想像しながら、京極通りを下っていった。
【備考】
『丸善』は二〇〇五年に閉店。二〇一五年に、京都市内に再オープンした。
往時『八百卯』で売られていたレモンは、カリフォルニア産。『八百卯』は、二〇〇九年一月三十一日閉店。創業一三〇年の歴史に幕を閉じた。
※コラムの内容はコラムニストの個人の意見・主張です。

