苦楽歳時記
第217回 強欲
2016-09-22
一九三三年に発表されたコールドウェルの創作、『God's Little Acre』(神の小さな土地)の主人公タイ・タイ老人は非常に信心深い人物である。タイ・タイ老人は南部の十五エーカーにも及ぶ不毛の土地に愛想を尽かし、金鉱を掘り当てる夢を見て十五年が経過した。
信仰心の深いタイ・タイ老人は、１エーカーの小さな土地を神に捧げて聖別し、その濃地に実る作物をお金に替えて教会に納めることにしている。ところが、一向に金鉱を発掘する事ができないのでタイ・タイ老人は、金鉱は神に捧げた土地の下に眠っているのだと過信する。
信心深いタイ･タイ老人は神に捧げたはずの土地を、物欲のために移動し続けながら、挙句の果ては黒人の迷信にまですがって、アルピーノ（白っ子）を連れて来るが金鉱を探し当てる事はできなかった。
壮絶を極めるのはこの物語の後半である。タイ･タイ老人は思わず息を呑むほどに美麗な、次男坊の嫁グリゼルダの肉感美を事あるごとに称嘆する。結末は長男と義理の弟がグリゼルダを奪い去ろうとして、二人共射殺されてしまう。
敬虔な信仰者であるタイ･タイ老人の行動は、まさに矛盾に満ち溢れている。だが、この物欲の罪は、一人一人の人間の心の中に潜んでいるのである。
「財産のあるものが神の国にはいるのは、なんとむずかしいことであろう」（新約聖書）
「富んでいる者が神の国にはいるよりは、らくだが針の穴を通るほうが、もっとやさしい」（新約聖書）
人間は万事順風満帆にはかどればはかどるほど、富と誉れに対して、したたかな貪欲さを剥き出しにする。ドイツの詩人リュッケルトは、｢勤勉によって富を得、またこれを善く使いうる者にとってのみ、富はよし｣と述べている。
中国の儒者荀子は、｢もし富を得たいのであれば、恥じを厭わず命の限り全力を注げ。旧友との交際を絶ち義理に背け｣と手厳しい。
だが、いったん富を手中に収めた貪欲な野心家は、更には、もうどうにも止まらない強欲が、罪の海溝から泉の如く湧き上がってくるのである。
※コラムの内容はコラムニストの個人の意見・主張です。
文芸誌、新聞、同人雑誌などに、詩、エッセイ、文芸評論、書評を寄稿。末期癌、ストロークの後遺症で闘病生活。総合芸術誌『ARTISTIC』元編集長。
