苦楽歳時記
第208回 文学雑感
2016-07-21
僕が尊敬している文人はたくさんいるけれども、五人だけ挙げろと申すならば、まず、最初に松尾芭蕉、正岡子規、樋口一葉、シャルル・ボードレールとフョードル・ドストエフスキーである。
ほとんどの作品を読んだつもりでいる。俳句や詩は短いので、何十回以上読んだ作品も随分とある。
気に入った曲や歌は何度でも聴く、お気に入りの絵画はリビングルームの壁にかけて、いつでも鑑賞できる。文学作品は一度読んだだけで、解ったような振りをしている。文学はそんなに容易ではない。読めば読むほどに味わい深いものだ。
学生時代の一年間で、千冊の本を読破したと豪語する知己がいた。ほとんど無駄なことである。二~三十冊の本を落ち着いて味読して、ひもといていくことの方が意義深い。
千冊の本を読むのなら、手元に置いて一生かけて繰り返して読まなければならない。あるとき僕は知己に尋ねた。「あの千冊の本は今どこに?」。「全て残っていない」と知己。
僕は文芸誌の編集者時代に、毎月寄贈されてくる単行本、詩集、同人誌、新聞等、約四百冊余りを読んで、感想文を書いて雑誌に載せる仕事をしていた。生半可に読むと読者から苦情が寄せられる。眠るときと、食事、歩くとき以外は本を読み続けた。
大阪文学学校時代のチューターで、作家の川崎彰彦さんと交信を深めた。ふたりとも酒を飲めば蟒蛇(うわばみ)である。大阪文学学校の校長、詩人の小野十三郎は、いち早く川崎彰彦の才能を見抜いていた。
その才能が開花しないうちに、二〇一〇年の冬に他界したと、共同通信の記事で知った。かなりの晩婚であったが、子供をもうけたのだろう。喪主は長男となっていた。
最近になって知ったことであるが、川崎彰彦さんには兄がいた。文学者で名古屋大学教授の川崎寿彦さんだ。
僕は、川崎彰彦さんのユニークな生き様を忘れはしない。連句を巻いた席で、僕が「瞳にうるむズートの音色」と詠んだら、数か月後に俳句雑誌に載った。講評を見ると、川崎さんは僕に「カックイイ賞」をくださった。
※コラムの内容はコラムニストの個人の意見・主張です。

