苦楽歳時記
vol200 京の三夏
2016-05-26
祇園(ぎおん)の孟夏は風薫る季節だというのに、じっとりした蒸し暑い日々が続いていた。昔、高台寺の近くに住む昵懇(じっこん)の木工職人と吾輩とで、今めかしい町屋で京の三夏(太陽暦)を過ごしたことがある。
えんどう豆、三度豆、わらび、うまい菜など、初夏の京野菜といろんな食材をとり合わせて、友が「おばんざい」をこしらえてくれる。このお菜を肴にして、伏見の酒の色調、冴え、香りを賞玩して、日毎夜毎にしこたま盃を重ねながら、『万燈会』まで厄介になった。
友は京野菜を嗜好している者で、変物だが隅におけない朋友(ほうゆう)である。友は、吾輩も風変わりだと思っているらしく、二人が交わす弁はまれであった。
文月の中旬から葉月にかけて、吾輩は、二週に一度か二度ばかり、京の台所『錦市場』へ足を向けるようになっていた。胃袋の中に入れたいものばかり、かたっぱしから買い込んでは値切る。
週末になると友は朝から、「おばんざい」の仕込みに余念がない。吾輩と友との馴染みを呼びつけて、午下から酒盛りするさんだんだ。
この日の献立は、冷やし賀茂なす、花丸きゅうりもみとハモの落とし、丹後のとり貝の造り、タコとカボチャの煮つけ、タチウオとアン肝の包みあげ、ハモのゴボウ巻と万願寺唐辛子。仕上げは、上州小麦の冷や麦。
翌日のブランチには、水ナスの浅漬けと、湯葉入りだし巻き、それから、生麩の田楽が食膳に整然と並んでいた。
吾輩は友の書いたメモを見つけた。「起きたら、朝粥を作るので声をかけてください」。
吾輩は友の作る「おばんざい」の品々に、清福を憶えて胸に深くしみいっていた。木工職人の友は背を向けて、黙々と仕事に打ち込んでいる。
「起きましたよう」と彼に声をかけると、手をとめて寡黙な友は立ち上がったと思ったら、「いつも、おそようさん」と応えがかえってきた。
「おばんざい」のブランチを、二人はのべつ静やかに味わった。木工職人と物書きの、京の三夏の町屋暮らし。
※コラムの内容はコラムニストの個人の意見・主張です。

