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コラム

苦楽歳時記
vol187 手術

2016-02-25

 二〇〇九年の一月、僕は脳に転移した腫瘍の手術をするために入院をしていた。 

 手術の前日に、大勢の知り合いが見舞いに来てくれた。見舞い客が引けたあと、ディナーを食してから疲れ切って眠りについた。

 ナースが「手術の時間です」。声が聞こえたのは午前五時三〇分。ナースは僕をベッドに寝かせたまま手術室まで移動した。

 しばらくして、朝の早くから家人と娘が駆けつけてくれていた。僕は、「手術までまだ待たされている」と言うと、家人が「頭の包帯はなに」と言う。娘が「ダディー、もうお昼の三時だよ」と言った。

 既に手術は終わっていたのである。僕はそのとき、手術は恐れることはないと初めて思った。麻酔をかければ患者にとっては、五時間、十時間の手術であっても、あっという間に終わってしまう。

 その後、左首筋のリンパにも転移、テニスボール大の腫瘍ができていた。二つの大学病院から頚動脈損傷の恐れがあり、非常にリスクが高いので手術はできないと、けんもほろろに断わられてしまった。その間、ラディエーションで腫瘍を小さくした。

 それからというもの、今後の癌治療に家人も僕も途方に暮れていた。あるとき、家人が車の運転中に、ラジオから流れてきた最新の癌治療のCM(シティーオブホープ)に耳を奪われた。

 早速、シティーオブホープ(癌専門病院)に予約を入れた。診察日の当日、二人で診察室に入ると意外にも、当病院のそのシステムは僕には適さないと告げられた。

 家人と僕と顔を見合わせてうなだれた。しばらくたってドクターは莞爾(かんじ)と微笑んでこう告げた。「手術はいかがですか」。二人とも急に感情が高ぶって絶句した。

 僕の身体を徹底的に検査して、手術ができるとわかるまで五ヵ月の期間も要した。

 執刀医は、度のきつそうな眼鏡をかけた、腹の出た小太りのドクターだった。僕は一抹の不安を覚えたが、手術の結果は成功裏に幕を閉じた。

 数ヵ月後、テレビを観ていると、『The Dr. Oz Show』にゲスト出演していたのは、僕の執刀医で世界的な権威の外科医、アラン・ホーン氏だったのだ。権威だなんて全く知らなかったのである!


※コラムの内容はコラムニストの個人の意見・主張です。
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新井雅之

文芸誌、新聞、同人雑誌などに、詩、エッセイ、文芸評論、書評を寄稿。末期癌、ストロークの後遺症で闘病生活。総合芸術誌『ARTISTIC』元編集長。




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