苦楽歳時記
vol174 いい夫婦
2015-11-19
「男は敷居をまたげば七人の敵があり」。戦いがすんで家に帰ると、なんと八人目の敵が待ち受けているではないか。
詩人バイロンは、思いあまって口走った。「俺も随分と敵はいたけれど、妻よ、お前のようなやつは初めてだ」。
言うに及ばずと与謝野鉄幹。「妻をめとらば才たけて顔(みめ)うるわしく情けあり」。
退廃派の旗手、オスカー・ワイルドが口をはさんだ。「夫婦間の愛情ってものはだな、お互いがすっかり鼻についてから、やっと湧き出してくるものなのだ」。
理想となるいい夫婦とは、一体どのようなカップルのことを指していうのだろう。
関尹子(かんいんし)に、「天下の理、夫者は唱え、婦者は随う… 」とする夫唱婦随がある。夫の主唱とは、妻の意向も十分尊重する夫婦和合の歩みかただ。
一九七五年、世界最高峰のエベレスト(八八四八メートル)に、女性世界初の登頂に成功した田部井淳子さんと夫のナイスカップルのことを思い出す。
淳子さんがエベレスト登頂に挑戦する強い意志があることを夫に打ち明けた朝、夫は真っ向から反対はしなかったが、一つだけ条件を妻に突きつけた。
「ひとりで待つのは寂しいので、子供をつくってから行け」
一女をもうけて淳子さんは三年後にエベレストに挑むが、母親となった重責感からシャープな判断力を養う感性を学びとった。これぞ妻の安否を気遣う夫の愛のザイルだ。
エベレスト登頂に足跡を残した田部井淳子さんは、帰国したエアポートで記者会見に臨み、喜色満面で答えた。
「これから家に帰って、主人のお弁当を作ります」
明後日の11月22日は、語呂合わせで『いい夫婦の日』。
「なあ ねえと 夫婦善哉 秋の径」(筆者)
※コラムの内容はコラムニストの個人の意見・主張です。

