キム・ホンソンの三味一体
Vol43 バイバイの次はこんにちは
2015-03-27
十年ぶりに母に会いました。それまでソウルに行く計画は何度も立てたものの、私達の永住権申請の手続きや出産なども重なって結局は会いに行けずじまいでした。いよいよ痺れを切らした母親が避寒も兼ねてこちらに来てくれたのです。母は10年前と比べて一回り小さくなったようでした。無理をしてでも帰らなかったことが残念に思えてなりませんでした。
私は数日間休みをとって母と一緒に近くのビーチやカールスバッドのお花畑などの観光地に出かけました。移動する車中、お花畑を歩く中、そしてビーチのピアでカモメを目で追う中、10年分の積もりに積もった話に花が咲きました。
さすがにすでに何回も聞いた話や、ソウルの兄嫁の愚痴だったり、また「その髪型はやめた方が良い」といった小言になって来ると少しイライラしたのも事実ですが、それを差し引いてもあり余るほどたくさんの大事な思い出が出来ました。
母は普段パサディナの姉の家に滞在し、週末だけ私のところに泊まりに来ました。子供たち3人ともハルモニ(韓国語でおばあちゃんの意)に会うのは生まれて初めてだったのですが、すぐに打ち解けました。韓国の慣習にならって、子供のいる家にはおもちゃを持って毎週来てくれるハルモニを取りあう様に3人いっぺんに抱きつくのです。ハルモニの方はというと、普段は感情をあまり出さないタイプですが、孫達に囲まれている時だけは、何がそんなにおかしいのかずっと笑っていました。姉の家でも延々と長女や双子の話をしていたそうです。
本人曰く「こんなに笑ったことはなかった」旅もいよいよ終わり、先日私だけでハルモニの見送りをして来ました。長女が前日、ハルモニが帰ると聞き泣いていたこと、双子がきょろきょろしてハルモニを探していることを言うと、母も涙ぐんでいました。
母が帰る前日の夜、ハルモニ帰っちゃいやだと言って聞かなかった娘に、32年前、小さかった私をひとまずおばあちゃんのところに預けて宣教師の父と先に日本に行かなければならなかった時、母が私に言ってくれた話しをしてあげました。
「バイバイ」の次に待っているのは「こんにちは」なんだよ。神様は次にまたどこで会ってどんな風にハグしたらよいかすらもみんな知っていて用意してくれているんだよ。
涙を飲んで「わかった」と言った娘から渡された紙には次に会う時ハルモニに持ってきて欲しいオモチャのリストが書かれていました。
※コラムの内容はコラムニストの個人の意見・主張です。

