苦楽歳時記
vol128 神
2015-01-07
安政六年(一八五六)、アメリカ人宣教師であった医師のヘボン(正しくはヘプバーン)は、来日して神奈川県で診療所を開設した。一八九二年に日本の地を去るまでの三十六年間、数多くの病人を救いながら、日本で最初の和英辞典『和英語林集成』を結実。ヘボン式ローマ字を普及させた。
フランシスコ・ザビエルが日本で布教活動をしていた時分は、キリスト教の絶対者であるゴッドのことを、大日(だいにち)、天主(デウス)、天翁(てんとうさま)などと訳していた。それから約三百年を経て、ヘボンが神(様)と和訳したと言われている。
以来、キリスト教に「神」が定着してしまったが、日本の固有信仰である神道の「神」と混同してまぎらわしい。
明治政府は明治の初めに師範学校を設立、文部省から『小学読本』を発行した。この教科書の内容は、日本を諸外国に負けないような一流国に仕立て上げようとする理想があったので、以下のような旧約聖書の翻訳をそのまま掲載していた。
「天津神は月、日、地球を造り、後、人、鳥、獣、魚、草木を造りて、人をして諸々の支配をなさしめたり」
やがてその文章を非難する者が現れて、翌年には改訂されることになったが、それでも、「神は万物を創造し、支配し給う絶対者なり」といった、日本の「神」とキリスト教の「神」を混同するような文章が綴られていた。
内閣が組織され、初代の文部大臣には森有礼が就任したが、残念なことに日本の宗教教育は天皇が絶対者であり、支配者であるとする宗教に統一されてしまった。
戦後、クリスマスの日だけは、宗教に関係なく日本全国でお祝いムードになる。かつて国鉄(JR)が駅のコンコースに大きなクリスマスツリーを飾ったところ、或る政治家から「国有鉄道が特定の宗教を支持するのは憲法違反」であるとのお咎めがあった。
結局、「あれは宗教などではない。季節のアクセサリーである」ということで一件落着した。聖書は永遠のベストセラーといわれ、日本では十字架をモチーフとしたアクセサリー類は、若者を中心として一向に人気が衰えない。
「目を覚まし孫の笑顔やクリスマス」(奥野晶子)
※コラムの内容はコラムニストの個人の意見・主張です。

