苦楽歳時記
vol113 鮨屋の話
2014-09-12
この所、外食はひかえているのだが、克己できなくなり先月の十六日、寿司・割烹『ふく乃』に赴いた。
中トロ、アジ、カンパチはもちろんのこと、クエ、ノドグロ、キンメダイ、カマス、生ダコまである。イカは三種類。貝類も豊富にそろっている。
新鮮な魚介類を目の当たりにすると、自然と相好が崩れてくる。『ふく乃』の大将は割烹料理もこなすから、まずは、珍味佳肴(かこう)なお通しで冷酒をたしなんだ。
僕が育った大阪では、ウマイ・ヤスイでなければ受けいれないが、味覚のほうはこの上なく妙味であった。巷では魚介類が高騰して久しいが、お会計を見るとめまいがするほどに廉価なので驚いた。
女将さんも大将も寡黙であるが、趣のある味わいとおもてなしの心は饒舌である。
オレンジカウンティの、あるスシバーでの話。ワサビ抜きで握ってくださいと職人に告げると、「そんな鮨にぎれるか!」とまくし立てて、職人は厨房へと消えてしまった。
こんな無礼な行為は許されるものではない。知り合いの女性二人が被害に遭いました。
僕が二十代の頃、割烹料理店によく出入りしていた。往時の僕は色白で、スポーツ刈りをしていたので、初めて出向く店では煮物ばかりを食するものだから、同業者とよく間違えられて警戒されたものだ。
大阪黒門市場の『栄すし』は、バブル期には日本一高い鮨屋であると、その名を全国に轟かせていた。バブル景気にわく、東京の社用族らもたくさん押し寄せてきた。僕は小学校五年生のときに、父に連れられて一度だけ足を向けたことがある。
日本の近海で獲れた天然クロマグロのトロ一貫、三百六十円。四十八年前(約半世紀)の三百六十円は、現在の貨幣価値に換算すると四千円から五千円。それ以上するかもわからない。
僕はトロを食べた記憶がない。
※コラムの内容はコラムニストの個人の意見・主張です。

