現代社会ド突き通信
第四回 堤清二(辻井喬)さんのこと
2014-06-06
英語や日本語を交えた会話をしながら、昼食をしたのだが、何を思い付いたのか知らないが、私の連れ合いは、
「金を儲ける方法があるんだ。出たばかりの世界的に有名なカーメイカーの車を五,六台買ってね。ガラージを借りて、そこに保管しておき、30年ほど経ってから売るんだ」
と、真面目な顔をして堤さんに話している。
連れ合いは堤さんがお金持ちだと言うことを知らないのだろうかと、私は慌てて、
「あなた、私たちと反対に、この方は大金持ちなのよ。何も堤さんに金を如何にして儲けるかなんて教える必要はないわよ。反対に教えて貰う方よ」
と、私は連れ合いの耳元で囁いた。
堤さんに少しは聞こえたらしく、彼は苦笑いをしていた。
さて、昼食が終わったので、奥から出てきた中肉中背の美しい、身なりのいい女性に、連れ合いが、
「お勘定ください」
と、ジェスチャーをして日本語で言った。
すると、堤さんが、
「うちの家内です」
と、言った。
全く、顔から火が出そうに恥ずかしかった。
連れ合いが、堤夫人をウエイトレスと間違えたことに。どうして食事を共に彼女がしなかったのか・・
「僕の家内です。ここ彼女のレストランだから、自分の家のようなもんで」
と堤さんは言った。
何というトリックスター!
私たち二人は立ち上がってご夫人にご挨拶をしてそれで終わってしまったのである。
私たちは何もできなかった。堤さんはお釈迦さんの掌のような人だと思った。
そういうことがあってから7年くらい経っただろうか? 1998年に私の「ファミリー・ビジネス」が女流文学賞を受賞したとき、東京での授賞式に連れ合いも一緒に行くと言った。彼は心臓の手術を一年前にして元気になったので親類縁者にも会うことも兼ねて。
息子は東京のアパートを引き払ってニューヨークにいたので、その後は私たちは東京では安いホテルにいつも泊まる。その時も、品川プリンスの新館の角部屋を予約していた。
※コラムの内容はコラムニストの個人の意見・主張です。

