苦楽歳時記
vol91 春の幽愁(ゆうしゅう)
2014-04-11
午前九時、書斎の窓辺に春の朗らかな陽ざし。書斎にはマイルス・デイビスの「Blue in Green」が流れている。
一昨晩と夕べは夜なべをして執筆をしていたので、頭に靄(もや)がかかっているようで、精気がしどけない。突として、悪疾に見舞われて以来、在りの遊(すさ)びのままに過ごしてきたとの心情に、僕の喪心(そうしん)は更に奈落へ陥ったのである。
仕事をこなしたという達成感とは裏腹に、いつも陰々滅々な情感に襲われる。うとましい思いが続いた末に、僕はいつの間にか昏々と眠っていたのである。
目覚めると午後六時すぎ、家人は夕食の支度にとりかかっていた。家人は夜の八時前に仕事場に出かける。娘は十時半に就寝してしまった。
僕だけのブルーな刻限が、またやってきた。しばらくして同人雑誌に掲載する詩を書いた。
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「おなごの春」
春うらら/眠れるフリューゲル・ホーンの渚に/くんぬりと赤錆びた/若いおなごの匂いがする/おなごの襦袢(じゅばん)のたもとで/山吹色のフリューゲル・ホーンが鎌首をもたげる
光沢のない碧苔(へきたい)/花のない春/柔らかくて鋭いビオラの窓の外
春の幽愁がただよう/黄昏にたなびくカンツォーネ
おなごの太い肉声/四角い丸い部屋に
あめ色に耀(かがよ)うビオラの夕べ
真夜中の春/ウエストコースト・ジャズ/限りなくけだるいバリトン・サックス/あなたは紅血の彼方へ消えてしまった
ブルーノート
おなごの春の風景
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詩を書き終えると、僕は抗うつ剤と精神安定剤を服用して、数時間眠りについた。限りの旅を夢見て。
※コラムの内容はコラムニストの個人の意見・主張です。

