苦楽歳時記
vol86 大阪の下町『新世界』
2014-03-07
僕が五、六歳のころ、叔父に連れられて通天閣に一度赴いた覚えがある。それ以来、新世界にある通天閣には再び足を運んだことはない。
新世界の周辺には、南東部にジャンジャン横丁があり、釜ケ崎(あいりん地区)や飛田新地(日本最大級の遊郭)に隣接し、「娼婦に声をかけるな」の張り紙が至る所にある。
釜ケ崎はドヤ街(簡易宿泊所・寄せ場)が集中する地区で、三角公園では頻繁に炊き出しが行われている。路上生活者の多い地域で治安が悪い。
巷の情報によると、最近の新世界は随分と治安が良くなってきたと聞く。家族連れを含めた観光客も増え始めた。とは言え、夜の外出は控えた方がよいそうだ。
新世界の名物といえば「串カツ」。串カツ屋は何軒もあり、相も変わらず大盛況だという。僕は串カツ屋で食べる「どて焼き」が好物だ。食後のスイーツに、ドラマ「ごちそうさん」でもお馴染みの、「焼き氷」が味わえる喫茶レストラン、「グリルDEN・EN」も新世界にある。
実を言うと、僕は地元の詩人、竹島昌威一(しょういち)先生とジャンジャン横丁の居酒屋で、二度ばかり盃を酌み交わしている。
また、飛田新地では、元妓楼の料理屋『鯛よし百番』(登録有形文化財)で、遊女たちが侍(はべ)った座敷で詩人、小野十三郎先生を囲んだ座談会に出席をした。
道すがら今も娼家が建ち並び、表向きは料亭に変更されていても、客と仲居との自由恋愛という脱法行為として売春防止法を逃れた。かつて飛田料理組合の顧問弁護士を務めていたのは、大阪市長の橋下 徹氏だった。
近頃、僕は大阪の夢をよく見る。叔父とともに新世界の串カツ屋『だるま』で、串カツを食べている夢である。まだ一度も足を運んだこがない店なのに、この夢が至ってリアルであるのだ。
「どて焼き」の匂いがする夢だ。匂いがする夢は初めて見た。僕の強い願望の表れなのかも知れない。もう十二年も故郷の大気に触れていない。
※コラムの内容はコラムニストの個人の意見・主張です。

文芸誌、新聞、同人雑誌などに、詩、エッセイ、文芸評論、書評を寄稿。末期癌、ストロークの後遺症で闘病生活。総合芸術誌『ARTISTIC』元編集長。








