キム・ホンソンの三味一体
Vol.26 手放しで喜ぶべきこと
2013-10-24
普段の生活の中で「手放しで喜べること」というのはありそうでなかなかないのではないだろうかと思います。
例えば、掛け金がとても安い旅行者保険を見つけたと思ったら、ディダクティブルが一回分の治療費ぐらいは大体まかえそうなほど高かったり。行きつけの美容院がリモデルして、オシャレになってよかったと思った次の瞬間、著しい値上げが待っていたりなどなど、考えてみればきりがありません。それは、すべての物事には光が当たる部分と陰の部分があるのが、世の常であるからではないでしょうか。そう考えると、私達の周りの出来事で手放しで喜べることはまずないと思った方が良いとさえ思えます。
しかし、手放しで喜べないことばかりの世の中にあっても、「手放しで喜ぶべきこと」も確かにあるのではないでしょうか。その代表的な例の一つが「子供が生まれる」という知らせではないでしょうか。すでに何人もの子供がいたり、経済的に苦しい状況にあったり、また自分たち以外の家族や親戚からのサポートが全く得られないような状況下にあっても、その他どんな状況にあるとしても「手放しで喜ぶ」ことこそがその新しい命をリスペクトし、祝うことではないだろうかと思います。
ということで、すでにお気づきかとは思いますが、私達のところに新しい命がやってくることになりました。それも今度はなんと双子で、二人とも男の子です。嬉しさも2倍、同時に不安も2倍です。正直、考えれば考えるほど不安になって、嬉しさが薄れてしまいそうな時もあります。その度に思い起こしては喜びを取り戻してくれる、聖書の中のイェスのことばがあります。
「空の鳥を見るがよい。まくことも、刈ることもせず、倉に取りいれることもしない。それだのに、あなたがたの天の父は彼らを養っていて下さる。あなたがたは彼らよりも、はるかにすぐれた者ではないか。マタイ6:26」
先日、今月で3年と3ヶ月になった娘が、お母さんの大きなお腹を見ながら「ママのおなかベビーいるの?」「そうよ」と答えると、今度は自分のお腹を指して「じゃ□□□のおなかにもベビーいる?」「いない!」と夫婦でハモってしまいました。しばらくして「そうね、いつかね」とお母さんが優しく微笑みます。
※コラムの内容はコラムニストの個人の意見・主張です。

