苦楽歳時記
vol.20 一葉とイチロー
2013-01-21
「霧の香のなかの菊の香一葉忌」(飯田龍太)。きょう十一月二十三日は、樋口一葉(一八七二~九六)の正忌。
昭和五十九年(一九八四)三券種の同時改刷によって発行されることになった新千円札の肖像を巡って、ささやかな討議が捲き起こった。新千円札の肖像に内定していた樋口一葉を取り止めて、夏目漱石に改定してしまったのだ。
とどめの釈明だが、一葉には髭が無いから。女性に髭があるほうが可笑しいのだが、幾重にも重なり合う複雑微細な髭の線が、偽造防止に効果を発揮するらしい。なるほど、これでは誰も反論できない。蒸し返す訳ではないが、二十四歳で夭折した一葉の業績に不服だったのだろう。
一葉の日本髪は黒々としていて髪の毛が多い。その一つ一つの線が太くて濃淡があり、今にも乱れそうな硬そうな髪は、漱石の鼻髭よりも錯雑としていて、偽札作りには骨を折りそうだ。
「我は女なり、いかにおもへることありとも、そは世に行ふべき事か、あらぬか」(『みづの上』日記より)
『たけくらべ』『にごりえ』『十三夜』『大つごもり』など、女性の悲しい性を叙情的な懐古文で綴ったこれらの小説は、十九世紀末における日本文学の傑作である
『たけくらべ』が森鴎外に認められて、一葉は時代の申し子になったが、生活のために小説家をこころざし、母と妹を養い、恋に苦悩した末に肺を病んで歿してしまった。
イチローには並外れた野球の偉才がある。スポーツは文学や芸術と違い、歴然たる記録を見れば一目瞭然だ。日米の野球で頂点を極めたイチロー選手は国民栄誉賞を辞退したが、満場一致で国民栄誉賞に推挙されたのに違いない。
もし、記録ずくめで現役を引退したイチローが、将来大臣にでもなったら、二十二世紀には世界初? ユニホーム姿の肖像入り日本銀行券が誕生するかも知れない。くれぐれも髭の手入れは入念に。
※コラムの内容はコラムニストの個人の意見・主張です。

