苦楽歳時記
vol.14 豆 腐
2012-10-24
「世の中は豆で四角で柔らかで、又老弱に憎まれもせず」。中国からインゲン豆を日本へもたらした隠元禅師は、豆腐をこのように称賛している。
現代でこそ、豆腐は健康食品の代名詞として圧巻だが、江戸前期の儒学者、貝原益軒は、自著『養生訓』の中で「豆腐には毒があって気をふさぐ」と記述している。
益軒は豆腐の食べ方について、「新鮮な豆腐を選んで、素早く煮て取り上げたら、大根おろしを加えて食べると害はない」とも記している。
江戸後期のベストセラー『豆腐百珍』の「絶品」の項目に、益軒の意向を参考としたらしい「湯やっこ」が紹介されている。
まず、豆腐を奴に切る。湯に葛を入れて、豆腐が浮き上がったら出来上がり。つけ汁は醤油を煮立てて、花かつおを入れる。湯をさしてもう一度煮立てる。薬味は葱、大根おろし、粉唐辛子。これなら家庭でも簡単に作れる。
先般、DVDで茂山狂言を観た。茂山狂言の家訓は、お豆腐狂言として語り伝えられている。その昔、婚礼や祝いの席で、余興に困ったら「茂山の狂言にしとこか」といわれた。
京都ではおかずに困ったら「豆腐にでもしとこか」という。周囲からは「茂山の狂言はお豆腐屋」と揶揄されたそうだ。そんな陰口を逆手にとって、広く愛されて飽きのこない、味わい深い『豆腐狂言』の精神を貫いている。
大の豆腐党であった泉鏡花は、生ものに対する恐怖症があったために、湯豆腐しか食べなかった。しかも、ぐらぐらと煮えた湯豆腐を好んだ。
「湯豆腐やいのちの果てのうすあかり」。美食家の文人、久保田万太郎の一世一代の名句である。
平成五年(一九九三)日本豆腐協会は、語呂合わせから、毎月十二日と十月二日を『豆腐の日に』制定した。
※コラムの内容はコラムニストの個人の意見・主張です。

