苦楽歳時記
vol.13 黄金の冠
2012-10-24
イギリスの詩人、ジョン・クレアは、晩年に人生を振り返ってこう思った。「もし生涯の第二版があるなら、私は校正をしたい」。
十月一日は国際高齢者の日。一九九〇年、国連総会の決議により定められた。その目的は高齢者のための国連原則に基づき、自立、参加、ケア、自己実現、尊厳の成立を促進する事と、政策に伴う立案を具現的にすることにある。
「予七十有余に及びて、始めて人間ということを知れり」。人生長くて五十年といわれていた時代に、蘭学医の司馬江漢はかなりの高齢になってから、人生の感慨に浸っている。
江漢がどのような悟りの境地に達していたかは知る由もないが、恐らく六十代の洟垂(はなた)れ小僧の時分には、分かり得なかった事柄が数多にあったのであろう。
全人口に占める六十五歳以上の割合が、七%を越えると高齢化社会、二倍の十四%を越えると高齢社会と呼ばれる。日本の六十五歳以上の割合は二四・一%で、三〇〇〇万人を超過した。老齢青春期を迎える七〇歳代の人口は、年々増加の一途をたどるばかりだ。
一九七二年に発表された有吉佐和子さんの『恍惚の人』は、当時の流行語にもなった大ベスト・セラー。舅の痴呆、徘徊、人格欠損を主題として、いち早く老人福祉行政の問題に一石を投じていた。
現在、日本の認知症患者数は三四三万人。全人口の三・六%を占める。実に、日本人の二十八人に一人が認知症だ。世界の認知症患者は三五六〇万人。年々増加傾向にあり、二〇五〇年には一億一五〇〇万人を突破するという。
ボーヴォワール女史は「晩年の十五年ないし二十年の間、もはや一個の廃品でしかないという事実は、人類の文明の挫折を明確に示している」と憂いたが、高齢者の豊かな経験からなる豊富な知識と技能、更には円熟した感性を有効に活用する為にも、老人問題は若年層が自分たちの課題として、真剣に取り組むべき社会の命題である。
老人の白髪は、すべての人の尊敬に値する美しく栄え続ける、黄金の冠なのである。
※コラムの内容はコラムニストの個人の意見・主張です。

