苦楽歳時記
vol.10 末期癌
2012-10-24
吾輩は病気である。四年前にストロークで倒れて以来、悪疾との闘いが続いている。難渋の極みは、右半身不随と言語障害だ。何の前触れもなしに、突如として襲い掛かってくる病魔ほど厄介なものはない。何をやるにしても難儀不便だが、これも吾が人生なりと達観すると、不思議と生きる希望と活力が湧いてくる。
今まで自由に動いていた手足が、突然、いうことを利かなくなるのだから、信頼を寄せていた部下に、出し抜かれた思いに駆られた。
検査の結果、癌が見つかったのには仰天した。しかも癌細胞は甲状腺に端を発し、脳、肺、リンパ、骨にまで転移していのだ。僕は癌細胞に静かに語りかけた。「骨まで愛してくれなくってよかったのに」。
医師はモニターを指さして、転移している箇所を詳しく説明してくれた。「そんなの聞きたくないよう」。言うに言えない、患者の心の叫びを黙殺して、医師は長々と説明を続けた。
医師は一通り詳説が終わると、何のためらいもなく涼しげな表情を浮かべて、僕に面と向かって、ステージ4とぬかしやがった。この時ばかりは、裁判官から死刑の宣告を受けた心情になった。おまけに眼光の鋭い医師は、相好を崩すと余命四ヶ月といってから、口をへの字に結んだ。
これは明らかに虐待である。精神的苦痛が伴う言語的暴力だ。とは、言うものの、これが現実である。
ICUにいたとき、口がきけない、身体が動かない中で、薬の副作用から幻聴、幻覚の症状が現れた。この時は薬の副作用であることを知らなかったので、僕は独り暗闇の中で恐怖に慄いた。
あれから丸四年が経過する。余命四ヶ月、最近の僕は余命四十年の過ちだろうと、深く、固く信じている。そうすると、天の国から神様が莞爾(かんじ)として、うなずいた。
病気で倒れてから、一年とひと月ぶりに一つの詩を書いた。この詩は僕の現在の気持ちを、素直に表現したものである。
『風』/喜びをいだいて この山をのりこえよう/歯を食いしばり この大きな山を/笑顔で登ろう/わたしは風 涼風(すずかぜ)の光 きょうも賛美あふれる/わたしは風 若葉みどり風 あしたも笑っているよ/ 喜びをいだいて この波をのりこえよう/歯を食いしばり この大きな波を/笑顔でかわそう/わたしは風 涼風の光 きょうも賛美あふれる/わたしは風 若葉みどり風 あしたも希望を胸に
※コラムの内容はコラムニストの個人の意見・主張です。

