後藤英彦のぶっちゃけ放題!
第181回 〝平等″を阻む二人称代名詞
2012-07-18
「貴方」「お前」「貴様」。
日本語には数十の二人称代名詞があって、上下の支配と服従、親しい者同士の〝意思″の橋渡しをしています。
ヨーロッパ言語は日本語と違います。二つの二人称代名詞しかなく、親疎の程度で使い分けをします。
フランス語にはtu(チュ)とvous(ヴ)があって、チュは家族や友人など親しい間柄、疎縁や社会的上位の人にヴを使っています。年齢差で使い分けをしないのが日本語との違いです。
フランス語同様、ドイツ語にもdu(ドウ)とsie(ジー)の二つがあって、親しい人にドウ、疎縁の人にジーを使います。
中世英語も親しい人にthou(サウ)、疎縁の人にyouを使っていましたが、一七○○年ごろサウを捨て単数複数兼用のyouで統一しました。
外交をめぐる対立で、ナポレオンが仏外相のタレーランを「vous etes de la merde dans un bas de soie」(貴殿は絹の靴下を履いた糞だ)と罵倒したセリフが残っています。
親しいタレーランに敬称ヴを使って突き放したのです。
ドイツのヒトラーをドウで呼べたのは総統代理ヘス、親友シュライヒアー、ワグナー家の人々に限られたそうです。
国会議長(空軍総司令官)のゲーリングも宣伝長官のゲッペルスも警察長官のヒムラーもジーを使って畏まっていたようです。
中世英語の特徴はシェークスピアに凝縮されるといわれています。
犬猿のモンタギュー家の息子ロミオと恋に落ちたジュリエットが、バルコニーでつぶやくひとり言・・。
「Oh,Romeo, wherefore art thou Romeo?」(おお、ロミオ。貴方はどうしてロミオなの)
初対面なのに、ロミオを親称thouで呼んでいます。既に恋人気取りなのです。
死語を加えた日本語には五十もの二人称代名詞があって、人間関係の機微に関わっています。
「社会的地位の違いは役割の違い。神のもとではみな平等」とするキリスト教の教え。一方、古い二人称代名詞に縛られる私たち。
封建制の残滓が日本の真の平等を阻んでいると思いませんか。
※コラムの内容はコラムニストの個人の意見・主張です。

