キム・ホンソンの三味一体
vol.1 「ハーフ」or「ダブル」
2011-11-28
現在一歳と二ヶ月になる私の娘は、日本人の母親と韓国人の父親の間に生まれた子どもとは思えないほど色白です。先日定期検診に行った時のこと。妻が娘を抱いて順番を待っていると、隣にいた日本人のお母さんが娘を見て「あら、白い!ハーフですか?」と。妻はちょっと言葉に詰まりながら「いいえ」と答えたそうです。韓国人と日本人の子どもだから確かにハーフだけれども、その質問の中に省略されていた「白人との」という人種的な側面からいうとハーフではないわけですね。
そもそも日本人と外国人の親の間に生まれた子どものことをなぜ「ハーフ」というようになったのでしょう? 「ハーフ・半分」という言葉そのものが持つイメージは、中途半端、不完全、不足といったようなネガティブなものばかりに思えます。
けれど、実際には、 カレーライス、クッキー&クリーム、ジントニックのように違う二つの成分や性質のものが一つになって、さらに魅力的になったケースが、私たちの周りに数え切れないほどあります。二つの要素が一つとなって、それぞれが別々だった時より二倍以上の力を発揮することからいうと、文化や人種が異なる親の元で生まれた子供を「ハーフ」ではなく「ダブル」と呼んでもよいのではないでしょうか。
二倍や二重などを意味する「ダブル」は、この文脈において二つのルーツを受け継ぎあわせ持っている人のことです。二つが合わさってそれぞれが弱まり、半減して一つに収まったような様子にもとれる「ハーフ」とは違って、「ダブル」は両方の良さを損なうことなく互いが引き立てられ、生き生きと両立しているポジティブなイメージなのです。たかが呼び方ひとつであっても、意識的にポジティブな言葉を選んで使うことで私たちの意識に及ぼすポジティブな影響はいうまでもありませんし、ましてやそう呼ばれる子どもたちにとってはなおさらだと思います。
たまたま日韓ダブルの娘がいる我が家の他にも私たちのコミュニティーには、日米ダブルをはじめ多様なダブルの子どもを持つ家庭がたくさんあることだろうと思います。「ハーフ」を「ダブル」と言い換えるだけで、互いのルーツをリスペクトし、祝い、喜ぶことができてしまうこのムーブメントに、一人でも多くの人にぜひとも仲間として参加してほしいものです!
※コラムの内容はコラムニストの個人の意見・主張です。

牧師、コラムニスト、元ソーシャルワーカー、日本人の奥さんと3人の子供達に励まされ頑張る父親。韓国ソウル生まれ。中学2年生の時に宣教師であった両親と共に来日。関西学院大学神学部卒業後、兵役のため帰国。その後、ケンタッキー州立大学の大学院に留学し、1999年からロサンゼルスのリトル東京サービスセンターでソーシャルワーカーとして働く。現在、性的マイノリティーをはじめすべての違いを持つ人々のための教会、聖霊の実ルーテル教会 (Torrance) と復活ルーテル教会日本語ミニストリー(OC, Huntington Beach)を兼牧中。








