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特集記事



JANMへ行こう!! vol.41 - 時代に翻弄されながら生きる日系二世たち


今月のボランティア
トオル・イソベさん

トオル・イソベ 1926年、サンフランシスコ生まれ。日系二世。1928年、2歳で伯母夫婦と一緒に日本へ行き、日本で帝国主義の教育を受ける。1939年春にアメリカに帰国して、1942年にはワシントン州ハートマウンテンの収容所に送られる。郵便局で長年勤務し、引退後はJANMでボランティアを始める。



―イソベさんは12歳の時、兄妹と一緒に日本からアメリカへ帰国しました。何かあったのですか。

母が私たち3人を迎えにきたんです。その理由は全く分かりません。弟は伯母の養子にされていたので東京に残り、アメリカに戻ったのは第二次世界大戦後でした。

―イソベさんは2歳で日本へ行ったので、英語はほとんど話さなかったのではありませんか。

当時の日本は近代的でしたし、英語も普及していたので私も少しの英語なら分りました。ある日、先生が「ジャガイモを英語で何と言うか?」と生徒に質問すると、誰かが「馬鈴薯(ばれいしょ)」と答えました(笑)。馬鈴薯はジャガイモの別名で日本語ですよ。「ポテト」と答えたのは僕ともう一人だけでした。
 アメリカに戻った後は、中国人やヒスパニックの移民の子供が通うクラスで2年間勉強しました。そして3年目から通常クラスに通いました。


―真珠湾攻撃の後のことを聞かせください。

父は静岡34連隊の元兵士だったので、真珠湾攻撃があった12月7日に、FBIに連行されました。しばらく行方が分からず、ある日、ポストカードが届いてモンタナの刑務所にいることが分りました。
僕は、母、兄、妹二人とハートマウンテンの収容所に送られました。僕は収容所内の高校へ通いましたが続かなくて、その後は荷物運びなどボランティアをしました。42年11月頃には父もハートマウンテンに移されました。
43年には、アメリカ政府が日系人に対して忠誠登録の質問を行いました。27番と28番の質問にどう答えるかでアメリカへの忠誠心が試されました。僕と兄妹は父に「僕らは日本へは行きたくない。もし日本帰国を望むのなら自分だけで帰ってください」と伝えました。父はアメリカに骨をうずめる覚悟で渡米した人なので「Yes、Yes」と答えましたよ。
こう答えたことでアメリカに忠誠心があると認められ、44年に僕と兄は西海岸以外での労働を許可されて、収容所を出ました。


―戦後はどうしましたか。

朝鮮戦争でMISだったイソベさん
父はロサンゼルスで庭師になり、僕もロサンゼルスに戻り、50年に家族で園芸店を始めました。52年には、僕は朝鮮戦争に徴兵されました。徴兵されると適性検査を受けます。僕の場合は日本語ができるということでMIS配属になりました。そして千葉県のアメリカ軍基地のMIS学校に通い、卒業後は朝鮮へ送られました。
僕の仕事は北朝鮮の捕虜を尋問することでした。尋問は二段階に分けて行われました。第一段階では、戦場で必要な情報をとります。今、どこで何人位の兵士が、どんな武器を持っているのか、予備はどの位の規模なのかなどを尋問します。
捕虜のうち“値打ちのある”捕虜だけに二度目の尋問をしました。僕が担当したのはこの第二段階目の尋問でした。この尋問では、出身地や家族構成など、その時に必要ないけれど長い目でみたら必要になる情報をとりました。捕虜の人生すべてを聞き出したので、一人の捕虜に1週間から1ヶ月間かかりました。尋問はすべて日本語でした。10年から45年まで朝鮮は日本に支配されていたので、朝鮮の義務教育は日本語でした。朝鮮人はきれいな日本語を話しましたよ。
僕は54年3月まで朝鮮で勤務してアメリカに帰国しました。あの頃の任務期間は8年間で、残りの6年間はアメリカで普通に生活をしながらの予備兵でした。ですから除隊は1960年です。


―朝鮮戦争でMISに配属された日系人は何人ですか。

約3000人です。中には第二次世界大戦からMISをしていた日系人や帰米二世もいましたね。朝鮮戦争中、MISの数は不足していました。僕は二度徴兵されましたが、一度目は検査不合格で、二度目に合格になりました。
あの頃のMISには、第二次世界大戦後に日本へ送還された若い日系人たちも多くいました。彼らの両親は、忠誠登録の質問27番と28番に『No、No』と答えたので、アメリカに不忠誠とみなされました。その後、『No、No』と答えた日系人家族は、ツールレイク収容所に集められました。そこには、日本送還を望む一世やアメリカ政府の日系人の扱いに怒ってアメリカ市民権を放棄した二世もいました。
戦後、ツールレイクから多くの日系人家族が日本送還になりました。この時、16歳以下だった二世は自分の意志とは関係なく親に従い日本へ行きました。しかし彼らは18歳以上になると、日本でアメリカ軍に志願し兵役に服して、再びアメリカに戻りました。


―日系一世と二世では、親子でも考え方が違いますね。イソベさんもご自分の意志に関係なく、何カ所も転々としましたが、人生を振り返って、どんな感じですか。

おもしろいですよ(笑)。

―では、JANMに行き着いたきっかけを教えてください。

JANMでボランティアをしていた知り合いに勧められて、ボランティアを始めました。JANMには、世界中からいろいろな人がいらっしゃるのでおもしろいですよ。去年の春には“おもしろい”出会いがありました。
ある中年の女性が館内を歩いていたので声をかけてガイドをしました。出身地を尋ねると、静岡県横内町と答えました。僕と同じ小学校の卒業生だったんです。50年ぶりに後輩に会いました!その女性はリトル東京にあるジュエリー店「安心堂」のオーナー、永田正明さんの奥さん、ふさこさんでした。ご主人のビジネスでロサンゼルスを訪問していて、JANMへ立ち寄ったそうです。
昨年の秋、僕は日本を旅行しました。ふさこさんが「ぜひ訪ねてきてください」とおっしゃったので、静岡まで足を伸ばしました。いろいろな静岡の名所へ案内してもらいました。ご主人の伯父さんが僕の同級生だったことも分かりました。驚きましたよ、こんなことがあるなんてね!


忠誠登録の質問

■質問27:あなたは命令を受けたら、いかなる地域であれ合衆国軍隊の戦闘任務に服しますか?

■質問28:あなたは合衆国に忠誠を誓い、国内外におけるいかなる攻撃に対しても合衆国を忠実に守り、かつ日本国天皇、外国政府・団体への忠節・従順を誓って否定しますか?

*詳細は、下記サイトより同記事vol.29をご覧ください。
http://www.nikkansan.com/feature


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写真・文・構成 Tomomi Kanemaru



JANMに行くと日刊サン読者にプレゼント!

入館料お支払いの際に「日刊サン掲載の『JANMへ行こう!!』を読んだ」と言うと、『ワシントンへの道 ~米国日系社会の先駆者 ダニエル・イノウエ議員の軌跡 ~』と『知られざる政治家 ラルフ・カーとニッポン人』の2つの日系移民史ドキュメンタリーが入ったDVDを特別プレゼント。昨年末に亡くなった大統領継承順位第3位のイノウエ議員のインタビュー入り。非売品なので貴重なDVD!
*入館料をお支払いの上、入館された方のみ対象。




JANM・ジャニム(全米日系人博物館)
Japanese American National Museum
日系アメリカ人の歴史と体験を伝えるアメリカ初の博物館。アメリカの人種と文化の多様性に対する理解と感謝の気持ちを高めることが目的。ボランティア・ガイドに支えられ、訪問者は展示にはない興味深い話を聞くことができる。

100 N. Central Ave. Los Angeles, CA
・213-625-0414
http://www.janm.org
開館:火・水/金・土・日 11:00 ~17:00
木 12:00 ~20:00
休み:月曜
料金(企画展も含む):一般9ドル、シニア&学生&子供5ドル、メンバー無料
*木曜17:00 ~20:00、毎月第3木曜は無料
交通:メトロ電車:ゴールドライン「Little Tokyo / Art District」下車。徒歩1分
駐車場:あり。博物館前、他多数(有料)

★「ボランティア・ガイド」に関心のある方は、下記まで。
213-830-5645

2014/08/23 掲載


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